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これ以上、塗り重ねても意味はないだろう。それに、今嘘を解除したところで、暗転はない気もしている。
「……ご、ごめん。実は全然覚えてないんだ。でも、素直に言っちゃうのも申し訳なくって嘘を吐いちゃった……」
「そう……やっぱり、これっぽっちも覚えてないんだね。今も何一つ思い出せない?」
「う、うん、ごめん」
森川さんの物言いは、特定の記憶を指しているように思えた。僕に思い出して欲しい記憶が、彼女の中には残っているのだろう。
そして、それは恐らく恋の記憶だ。だってそうでもなきゃ、二十年越しにラブホテルへ連れ込んだりしない。
「まぁ私、一ヶ月くらいで転校しちゃったし仕方ないよね」
「な、何も覚えてなくてごめんね。でも、あの、今後仲よくできたらいいな、っていうか……」
動きを止めていた指先が、活動を再開した。悲しいのか無言で、全てのボタンをほどく。
シャツが体から離されて、ついには下着一枚になった――。
「これを見ても、思い出せない?」
問いと同時に“これ”を――彼女の上半身に住む痣を目の当たりにした。
瞬間、悪寒が沸き上がってくる。血が滲むようにして、記憶が広がりだした。
そうだ、僕は小学四年生の時、森川香奈を苛めていた。
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