side桜餅 蔵前の噂

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side桜餅 蔵前の噂

「たまに食べたくなるやんだよなーー。【モンブラン】の焼きそば」 「焼きそばは、どこも同じじゃないのか?」 「違うんだよ。ここのソースは、3種類ブレンドしてあるから最高なんだよ」 あっ君が嬉しそうに笑う顔を見ていると昔を思い出して懐かしくなる。 戻って来ないあの日々に戻れそうな気がして。 「浦瀬の話だと下都賀の件には、蔵前が関わってるらしい」 【モンブラン】の前に着いたあっ君は、深いため息を吐いた。 「詳しくは、中で話すよ」 「あぁ」 あっ君も蔵前から何か聞いてるのか? 店内に入るとすぐに店員がやってきて、俺達を席に案内した。 個室になっているから、プライバシーはしっかり守られている。 「ご注文は、お決まりでしょうか?」 「陸斗は、どうする?」 「俺は、あっ君と同じでいいよ」 「わかった。じゃあ、これとこれで」 あっ君は、慣れた手付きでメニューを指差すと店員は「かしこまりました」と頭を下げていなくなった。 後ろに控えていた店員が水を置いて行く。 「それで、さっきの話なんだけどさ」 「下都賀の事?」 「ああ。蔵前が絡んでるらしいんだよ。浦瀬の話によると、蔵前は売春を斡旋するような仕事をしてるらしいんだよ。何度か警察に話した人がいるみたいなんだけど……。噂レベルの話じゃ警察は動けないって言われたらしい」 「そうなんだな」 「仮に売春を斡旋してたとしても、被害者が被害届を出していないからな。いつだったかな?浦瀬が、下都賀が家の近くで震えながら泣いて吐いてるのを見かけたんだって。それで、声を掛けて話を聞こうとしたんだけど。契約書を読まなかったからとか自分が悪いとか合意になっちゃったからとかよくわからない事を言われたらしい」 あっ君の言葉にさっきの下都賀の映像がまた浮かんでくる。 今は、もう嫌な思いはしてないのだろうか? そんな思いをしてまで耐えて……。 「陸斗、聞いてるか?」 「あっ、うん」 「蔵前には、絶対関わるなよ!あいつ、真空の保険金を手に入れてから変わったんだよ。それから、楽して金を手に入れる事ばっかり考えてるんだ」 「何で知ってるの?」 「真空の命日に、たまたま会ったんだよ。五年前だったかな。ほら、真空のお墓は俺の住んでる所から近いから……。そん時に、いい稼ぎ方見つけたから金欲しいなら一緒にするかって声かけられたんだけど。どう考えても蔵前がヤバそうな雰囲気だったから断ったんだよ」 真空ちゃんの保険金をもらったせいで、蔵前は簡単に金を稼ぐ方法を考えてたんだな。 五年前って、蔵前が今の紹介する仕事を初めた頃か……。 「浦瀬がじいちゃんから聞いたらしいんだけど。昔、この街にでっかい売春組織があったらしい。未成年とかも平気でやってたから組織は壊滅してバラバラになったみたいでな。その組織の残りが形を変えて裏ではまだ続けてるって話を聞いたみたいなんだよ。それと繋がってたのが【ロザリオ】のオーナーじゃないかって話」 「【ロザリオ】は潰れたから、それは終わったって事か?」 「いや、終わってない。蔵前が引き継いでるんじゃないかって言われているらしい」 「浦瀬のじいちゃんが、それを誰かから聞いたのか?」 「いや。浦瀬のじいちゃんから聞いた話を浦瀬が鴨谷(かもたに)に話したら調べてくれたみたいだ。【ロザリオ】のオーナーと繋がってたのはかなりの金持ちのじいさんで。お金で女を買っては酷い事してたって。訴えられたり、警察に行かれるのもめんどくさいと思ったから、途中からはそういうイベントやパーティーを開いて女を集めてるって。それが、もう歳だから誰かに譲ったらしいんだよ。蔵前の羽振りがいいからそうじゃないかって、噂になってるらしい」 「鴨谷のおばさんの繋がりか?」 「そうそう。だてに、50年。この街でスナックやってないよなーー」 鴨谷は、俺達の同級生だ。 母親は、さざ波商店街を抜けた先でスナックをやっている。 昔から、鴨谷は色んな話を知っていた。 「お待たせしました。焼きそばランチ2つになります。鉄板熱いのでお気をつけ下さい。食後にコーヒーをお持ちしますね」 「ありがとう」 「どうも」 店員は、焼きそばランチを置いていってくれる。 「鴨谷の話だと、蔵前は最近マンションを買ったらしい」 「それって、三宅不動産か?」 「あーー。みやちゃん所でお買い上げになったらしい。都会に近い場所で、何と7000万だってよ。でもな、さざ波にある蔵前の店は、年収300万ぐらいじゃないかって話なんだよ」 「ここを離れてるあっ君の方が俺より詳しいな」 「俺には、話しやすいんだろ?この街で話してたら誰が言ってるかすぐバレちゃうからな。蔵前が数千万を頭金に入れたってのは、みやちゃんからの情報だけどな」 「不動産屋さんが情報もらしちゃ駄目だろ?」 「ハハハ。そんな常識、ここじゃ通用しないって。冷めないうちに食おうぜ」 「うん」 「いただきます」と言って、俺とあっ君は、焼きそばを食べる。 確かに、この小さな街じゃ……。 普通の人の常識は、通用しない。 そのお陰で、俺は蔵前の情報を仕入れられた。 「やっぱり、ここの焼きそばうまいわ」 「あっ君は、もうこの街に帰ってくる事ないの?」 「ないない。未練もないわ。この街にいると、真空を寝とられた事とか真空と蔵前の結婚式とか、真空が死んだ事とか思い出すから」 「そうだよな。嫌な思い出しかやいよな」 「そんな事ないよ。いい思い出も嫌な思い出もあったけど。嫌な思い出の方が比重が重かったんだよ。だから必然的に、(ここ)に帰ってきたら嫌な思い出ばかり甦ってくる」 あっ君の言葉に、真空ちゃんの通夜の晩を思い出す。 真夜中に蔵前は、あっ君に 「お前がちゃんとしてたら真空は生きてたのかもよ。たかだか、一回寝とられたぐらいで怯むからこんな結果になるんだよ」と笑った。 その笑顔は、氷みたいに冷たくて。 全身に刃物を突きつけられたように痛くて。 それでも、あっ君は何も言わなかった。 蔵前が喪主をつとめてて 「真空は、お前より俺を選んだんだよ。無様だなーー松永」 って見下して笑ったけれど……。 あっ君は、何も言わなかった。
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