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side桜餅 下都賀かれん
「ローダンセ?」
聞いた事のない花の名前に戸惑っていた。
ちょうど、花屋が見える。
俺は、この花があるのか知りたくて店に入る。
「いらっしゃいませ」
「あの、ローダンセって花ありますか?」
「あーー。6月なんですよね。だから、今はドライフラワーしか置いてなくて……」
ドライフラワーの花束……。
何か、悲しい気がする。
でも……。
「それを花束に出来ますか?」
「出来ますけど……。プロポーズですか?」
「えっと……」
「プロポーズなら、生花の方がいいですよ」
「友達にです。一生友達でいたいって……」
俺は、店員に嘘をつく。
「でしたら、オレンジ色の薔薇はどうですか?花言葉は、【信頼】や絆。それと、永遠の友情を意味する13本の花束を贈るのはどうでしょうか?」
「恋愛的な意味だとしても?」
俺は、店員に結婚指輪がバレないように左手をスーツのポケットに隠す。
「それは、避けるべきですね」
「だから、ローダンセがよかったんです」
「ローダンセの花言葉が、変わらない想いや終わりのない友情。だからですか?」
店員が言った言葉に固まってしまう。
その言葉に、藍子や花岡先輩を傷つけたくないなら、変わらな想いを抱えたまま一生友達でいるべきだって聞こえた。
「ローダンセを渡すなら、生花がある6月頃がいいかと思います」
「これは?」
「あっ、これはローダンセのハーバリウムです。余ったお花をうちでは、ハーバリウム、ドライフラワー、プリザープドフラワーにしているんです」
「これ、下さい」
「こちらですね。かしこまりました」
花束を渡すのは、夏でもいい。
だけど、とにかく。
今は、凛々子さんに気持ちを伝えたかった。
「プレゼント包装にさせていただきました。よろしかったでしょうか?」
「はい、もちろんです」
お金を払うと店員は、店先まで品物を持って出てくれた。
「ありがとうございました」
深々とお辞儀をされて、軽く会釈をしてから歩き出す。
凛々子さんにちゃんとわかってもらいたい。
もし、契約書を交わし誰かと凛々子さんがセカンドパートナーになるとしたら……。
その相手が初めてじゃなかったら?
頭を支配する最悪に……。
涙が溢れそうになる。
蔵前の主催するパーティーで何が起きているのかを下都賀かれんに聞かなくちゃいけない。
蔵前に貰った紙を開く。
タクシーを拾って、俺は運転手に住所を告げた。
10分ほど走ると下都賀が今住んでいるアパートに到着した。
ブー……
ブー……
「はい」
ドアが開き、下都賀かれんが現れた。
久しぶりに会う初恋の人。
最後に見かけた時より、随分痩せた気がする。
「勧誘ですか?うちは、そういうのいいんで」
「ちょっと待って……。勧誘じゃない」
「じゃあ、何?スピリチュアルとかもう懲り懲りなんで間に合ってます」
「だから、違います」
「じゃあ、何の用?」
「桜木陸斗です。下都賀さんと話をしたくて……」
少し下を向いて、俺の顔を見なかった下都賀が顔をあげる。
「上がって。近所に聞かれたくない」
無愛想にしながらも、中に入れてくれる。
下都賀は、確か向かいのマンションが実家だったはずだ。
「今日は、両親はいないから」
今日はって事は、ここに暮らし始めたのだろうか?
「お邪魔します」
「今、お茶入れるから座って」
「ありがとう」
一度だけ行った下都賀の家にあった猫足の高級なダイニングテーブルだけが、この部屋に似合わないように思える。
「スピリチュアル系に母が騙されて、10年前からここに暮らしてるの」
下都賀は、テーブルにお茶を運んできてくれた。
「そうなんだ」
「借金の総額は、5000万。とても、払える額じゃなかったからね。あのマンションを売って、ここに来たの。色々手放したけど、母がこれだけは持ってきたいって言ってね」
「このテーブル。一度だけ見た事あるけど素敵だよね」
「ありがとう」
あの時は、下都賀とうまく話す事が出来なかったのに……。
今は、普通に話せた。
時間の流れを感じる。
だけど、どうしてかな?
どこか胸の深い場所に、下都賀への気持ちが隠れていたみたいで。
ドキドキする。
「無理してない……?」
余計なお節介をかけたくなるのは、好きだった記憶のせいだろうか?
下都賀の顔色が変わる。
「あぁ、そう。桜木も私とやりたいとか?」
「えっ、そんなんじゃないよ」
「どうせ【ロザリオ】で見たんでしょ?私のAV」
「何の話だよ。俺は、そんなの」
蔵前に見せられた映像が頭を過る。
あっ君が話した浦瀬の話しも真実だったんだ。
「じゃあ、さっさと終わらせよ。一回、10万でどう?それぐらいは、出せるでしょ?」
下都賀は、着ているワンピースのボタンを外し出した。
下都賀の心が磨り減ってるように感じた。
俺は、コートを脱いで下都賀にかける。
「何?」
「俺は、下都賀としたいから来たんじゃないよ。話を聞きたかっただけだから……。だけど、もっと早く。下都賀を助けられたらよかったのかもな」
「優しくしないでよ。桜木に優しくされると惨めになる」
「ごめん……」
「違う。謝らないで」
下都賀は、俺を見つめる。
「初恋だったから……。だから、桜木には知られたくなかった。もっと早く助けて欲しかった」
下都賀は、膝から崩れ落ちてその場で泣き出した。
下都賀に近づく。
間違っていても、駄目だとしても。
今は、ただ……。
下都賀を抱き締めてあけたかった。
それは、小さな頃の俺が望んだ事。
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