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「何か重くなったか?」
「い、いえ。そんな事は……」
「あっ!その顔は、やっぱり重く考えてんだろ?桜餅は、あの頃と変わらねーーな」
先輩は、ビールをぐっと飲み干して笑った。
先輩達が、結婚したのは11年前。
その頃、祖母が危篤だった俺は先輩達の結婚式に参列する事が出来なかった。
でも、もし参列していたら……。
俺は、妻の藍子と結婚していなかっただろう。
だって……俺は……。
「桜餅ん所は?子供。聞いちゃまずかった?」
「いえ、大丈夫です。俺の所も、出来ない気がします」
「結婚して何年だっけ?」
「9年です。もっと早くにしてたら違ったんですかね」
「女も男もタイムリミットがあるって聞くもんなーー。俺も、体力ないからなーー」
先輩は、焼き鳥のねぎまを食べている。
俺は、先輩にずっと内緒にしてる事があった。
何も悪い事をしてないのに……。
先輩と一緒にいるだけで、苦しい。
「桜餅。今日は、まだ時間あるか?」
「何でですか?」
「昨日、いいワインが届いたんだよ!家で飲み直そう」
「いや、ここでいいですよ。急にお邪魔するのは迷惑ですし……。先輩の家に行くのなんて」
「1年ぶりだろ?クリスマスパーティーやったよな。俺の親がこんなデッカイ鳥送ってきたからさ」
先輩は、両手を広げながら笑っている。
先輩の家に行きたくないのは、迷惑をかけるとかではない。
「妻が遅くなったら心配するかも知れないんで」
「じゃあ、俺が伝えててやるよ。スマホ貸しな!」
「えっ?」
「ほら、いいから。いいから」
俺は、スーツの胸ポケットからスマホを取り出して先輩に渡す。
先輩は、藍子に電話をかけて遅くなる事を伝えてくれている。
行きたくないのは、先輩の奥さんに会いたくないからだ。
1年前の12月10日。
早いけどクリスマスパーティーをしようと先輩の家に呼ばれた。
俺は、先輩の奥さんに会うのはこの日が初めてだった。
俺と先輩は、2ヶ月に1度は会っていたけれど……。
奥さんと会う機会はなかった。
会って挨拶をしたかったけど、体調を崩したり用事があったりで会えなかったのだ。
だから、昨年ようやく会えた。
先輩の家につき玄関の扉を開けると先輩と奥さんが待っていてくれた。
俺は、先輩の奥さんを見て僅か2秒で恋に落ちた。
食事している最中は、連れてきた藍子にバレないか心配で堪らなくて……。
一緒にいる間中、ずっと心臓がドキドキしていた。
子供が出来ないから、パートナーを変えたいとかではない。
俺は、純粋に恋をしたのだ。
それからは、毎日毎日考えた。
まるで、自分が中学生に戻ったみたいで……。
先輩から、奥さんの話が出る度に胸が傷んだ。
この気持ちは、会わなければいつかなくなるわけだからと自分に言い続けて我慢していた。
それなのに……。
それなのに……。
「藍子ちゃん、終電までに帰ってきてくれたらいいってよ」
藍子~~。
俺の気持ちを知らずに、そんな事を言いやがって。
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」
月並みの言葉しか言えなかった。
「そうと決まれば会計して行くぞ」
「は、はい」
先輩は、店員さんを呼び。
ばってんをしながら、「チェック」と笑い……。
お会計を払ってくれた。
「ご馳走さまでした」
「いいって、いいって。ちょっと、掛けるから待ってな」
先輩は、凛々子さんに連絡をしながら小さく手で丸を作って笑う。
オッケイじゃないんですよ。先輩。
俺が、大変な事になるんですよ。
だから、我慢してるんですよ。
って、言いたい言葉は全部飲み干すしかなかった。
先輩の家につき、リビングまでついていくと……。
キッチンで凛々子さんが、作業をしていた。
「桜木君、いらっしゃい」
「お邪魔します」
「固い、固い。桜餅」
先輩に肩を叩かれて、無理矢理笑って見せた。
……緊張する。
まるで、初恋の時を思い出す。
「ワイン取ってくるから座ってな」
「はい」
フラフラとした足取りで、先輩はキッチンに向かう。
「優ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
「飲み過ぎだよ」
「今日ぐらいいいだろ?あっ、何かつまめるのある?」
「ポテトサラダはあるけど出す?」
二人の会話を聞きながら、ギリギリと胃が痛むのを感じる。
凛々子さんは、先輩の奥さん。
変わらない現状に泣きそうになる。
それから、先輩といいワインを飲んでポテトサラダやら簡単なつまみを凛々子さんが出してくれて……。
正直、胸の痛みに気を取られて何を話していたか何をしていたか覚えていない。
気づいたら、先輩は酔いつぶれてて。
俺は、凛々子さんと二人で起きている空間に耐えられなくて「帰ります」と言ったのだ。
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それで、スーツのポケットに入っていた家の鍵がない事に気付き。
居酒屋に電話しようとして、凛々子さんが現れて……。
俺は、振られた。←今、ここって脳内で差されている状態に陥っている俺。
何で、告白したのか酔いすぎてわからない。
頭が、グルグル回ってる。
どうしよう。
次の言葉を見つけられない。
「友達なんて嫌だよね。ワガママだよね」
混乱している俺に凛々子さんは、そう言った。
「い、嫌とかじゃないです。凛々子さんが、先輩を愛してるのは知っています。それに、俺も既婚者なんで。なのに、何で言ったのかって思って。本当は、言わないでおこうって。心の中にしまっておこうって」
もはや、自分でも何が言いたいのかわからない。
俺は、あからさまにガッカリした態度をとった。
「限界だったんでしょ?それなら、仕方ないよ。蓋をすれば、する程。気持ちって溢れちゃうもんね」
「凛々子さん……」
凛々子さんの言葉に振られた現実を突きつけられた俺は、泣いていた。
「大丈夫?あっ、ハンカチ持ってない」
「大丈夫です。社会人なんでちゃんとあります」
俺は、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭う。
「優ちゃん、今日荒れてたね」
「えっ、あっ、はい」
「実は、昨日ね。私が、もう子供は諦めなきゃいけないよねって言ったの。それが、かなり辛かったんだと思う……」
「先輩の事、愛してるんですね」
俺は、当たり前の事を呟いてしまう。
馬鹿すぎる、俺。
「ご、ごめんなさい。桜木君にこんな話しちゃって。今まで、男友達とかいた事なかったから……。ほら、男女の友情はどちらかが相手に好意を寄せてるからだって聞いた事があったから……。だから、友達なんか作らなかったの。それなのに、桜木君には一生の友達でいたいとか話して……。すぐに、こんな話してごめんなさい」
凛々子さんの言葉の全てが頭の中を綺麗に流れていき。
【一生の友達】部分だけが、頭の中でキラキラ輝くのを感じた。
凛々子さんの【初めて】になれる!
俺は、凛々子さんの手を握りしめる。
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