第1話『アイリの魔法と、ディアの補習』

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そんな雑念のせいか、ふとアイリのビーカーを見ると、水が山盛りの状態で凍っていた。 元の水の量より増えて固まったそれは、まるでカキ氷。あきらかに魔法の失敗である。 アイリが失敗に気付いて目を潤ませていると、ディアがそれを見て優しくフォローする。 「魔法が強すぎて、空気中の水蒸気まで一緒に凍らせたのですね」 「これって失敗……だよね……?」 「大丈夫ですよ。この程度の誤差でしたら、あと少しの加減で成功します」 ディアの優しい励ましによって、アイリの落ち込み顔は笑顔に変わる。 そうして二人は寄り添うようにしながら、いくつかの魔法の練習を繰り返していく。 気付けば、時刻はもう夕方。二人きりの教室は、窓から差し込む夕日によって赤みを帯びている。 「それでは、今日の補習は、ここまでにしましょう」 授業の終わり。それは、二人にとって『切り替わり』の合図でもある。 アイリは机の上の勉強道具をカバンにしまい、ディアは教卓の上の教材を片付け始める。 そしてアイリはカバンを背負って席を立つと、ディアが立つ教卓の横へと移動する。 小柄なアイリは上目遣いでディアを見上げると、そのまま愛おしそうに抱きついた。 ディアも慣れているのか、驚く事なくアイリの体を抱きしめ返す。 「ディア、今日もありがとう。……好き」 「はい、アイリ様。お疲れ様でした」 二人きりの教室で、静かに抱き合うその姿は、まるで恋人どうし。 二人の頬が赤らんで見えるのは、窓から差し込む夕日のせいなのだろうか。 ……しかし、このやり取りは、二人にとっては単なる『日課』でしかない。 「ねぇ、ディアは、私のこと……」 「アイリ様、日が暮れてしまう前に帰りましょう」 「…………」 アイリの言葉を遮るかのように、ディアの言葉が重なる。 まるで、それに対しての返事をしたくないかのように。 アイリはディアから離れると、目を伏せて悲しげな表情になる。 (ディア、こんなに好きなのに、なんで……) アイリが、いくらディアを『好きだ』と言葉で伝えても、どんなに強く抱きしめても。 ディアの口からは、アイリを『好きだ』とは言ってくれないのだ。 ……もう何年、こんな関係を続けているのだろうか。 思い悩むアイリに向かって、ディアはいつものように静かに微笑みながら片手を差し出す。 そしてアイリも、いつものように無言でディアの片手を握り返す。 そうして、二人は手を繋いで教室を出て行く。 ……この時の二人は、お互いが恋人だとは断言できない関係でいた。 真面目なディアは、『生徒と教師』、『王女と側近』という関係を頑なに超えない姿勢でいるのは分かる。 でもそれは、こんなに近くで触れ合っていても、アイリの片思い以上にはなれないという辛さになる。 生まれた時から、ずっとずっと……アイリはディアに片思いを続けているのだから。
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