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咄嗟に周囲を見回す。窓の外は絵の具で塗り潰されたように真っ黒。何も見えない。
心臓が体をバクバクと揺らす。やばいやばいやばい。脳が、「危険だ」と叫んでいる。
――お忘れものや落としものに、ご注意ください。
その時、さっきの根暗男子が突然、肩を震わせて笑い出した。
「……フフッ。フフフフッ」
ああ。なんで今まで気づかなかったんだろう。
運転席の後ろの壁に掲示されているのは、広告じゃない。絵だ。体をバラバラにされた人が、鬼のような化け物に食われている絵。苦痛に歪む顔の、あの人は……。
「覚えてないんだもんね、僕のこと。いじめた人間って、すぐ忘れちゃうんだよね。都合が良いよねえ」
なんで今、気づくんだろう。この男子が一年前、校舎から飛び降りた「アイツ」だってこと。
いや、違う。そんなはずない。アイツは死んだ。死んだんだ。だから……。
「『だから、ここにいるはずない』って? わかってないよね。あの絵をもっとよく見てみなよ。あそこで食われているのは誰?」
バスがギィィと低い音をたてて停車する。俺は降車ドアに向かって走った。ドアは開いてくれない。
「クソ! おい、開けろよ!」
ドアのガラスをバンバンと叩きながら、運転手を怒鳴りつける。骸骨のように瘦せこけて青白い肌をした運転手は、俺を静かに見つめると顔をグニャリと歪ませて笑った。
「お忘れ者や落とし者にご注意ください」
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