ヒサシブリのバス

4/4
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「ひ……っ」  小さく悲鳴をあげ振り向くと、アイツが通路に立ったままキカーッと笑っている。血だらけの体。ありえない方向に折れ曲がった腕と足。鼻や口からも血が流れ出ていた。 「うわああ!!」  尻もちをついた俺を、耳まで裂けそうな笑顔で眺めている。 「、怖かったなあ。それに痛かった。すごくすごくすごく痛かった」  一年前の、俺たちは屋上でアイツを脅した。 「オラ、今すぐそこから飛び降りろよ!」 「この恥ずかしい写真が拡散されてもいいのかあ!?」  ただの遊びのつもりだった。アイツのパンツ一枚の姿の写真を撮ったのも、「屋上から飛び降りろ」と言ったのも。恐怖や苦痛に歪むアイツの顔を見るのが、受験勉強のストレス発散だった。  だけどアイツは、本当に飛び降りた。俺たちの目の前で。  そうだ、あの時に下を覗いて見えたアイツの姿もだった。 「あぁああぁあ!!」  閉じ込めていた記憶が一気によみがえる。逃げようと思っても立てない。体が全く動いてくれない。  ズル……ズル……。足を引きずりながら、アイツは俺に近づいてくる。 「君たちは僕のこと。それに忘れた。だから思い出させなきゃと思ったんだァァ」 「ゆ、許してくれ。許して……」 「二カ月前に行方不明になった君の仲間、今はどこにいると思うゥ?」 「まさか、その絵が……」 「そう、鬼に食われているのが君の仲間だよォ。ちなみに名前は何だったっけェェ?」 「な、名前……」  全てに気づいた瞬間、俺は絶望した。  そんな俺の顔を見下ろし、アイツは唇を大きく吊り上げる。 「今度は君の番だね、正樹(まさき)クン」  座席に座っていた乗客たちがユラリユラリと立ち上がり、一斉に俺の元へ向かって歩いてくる。両手を伸ばし、口からよだれをダラダラと流しながら。 「ヤット食エル」 「食エル」 「ヒサシブリ」 「ヒサシブリ」 「ヒサシブリ」  二カ月前にいなくなった俺の仲間、絵の中で鬼に食われているそいつの名前は……。 「寿史(ひさし)ぶりだね。みんなで食べるの」  目の前の悪魔は、初めて嬉しそうな笑顔を見せた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!