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「ひ……っ」
小さく悲鳴をあげ振り向くと、アイツが通路に立ったままキカーッと笑っている。血だらけの体。ありえない方向に折れ曲がった腕と足。鼻や口からも血が流れ出ていた。
「うわああ!!」
尻もちをついた俺を、耳まで裂けそうな笑顔で眺めている。
「あの時、怖かったなあ。それに痛かった。すごくすごくすごく痛かった」
一年前のあの日、俺たちは屋上でアイツを脅した。
「オラ、今すぐそこから飛び降りろよ!」
「この恥ずかしい写真が拡散されてもいいのかあ!?」
ただの遊びのつもりだった。アイツのパンツ一枚の姿の写真を撮ったのも、「屋上から飛び降りろ」と言ったのも。恐怖や苦痛に歪むアイツの顔を見るのが、受験勉強のストレス発散だった。
だけどアイツは、本当に飛び降りた。俺たちの目の前で。
そうだ、あの時に下を覗いて見えたアイツの姿もこんなだった。
「あぁああぁあ!!」
閉じ込めていた記憶が一気によみがえる。逃げようと思っても立てない。体が全く動いてくれない。
ズル……ズル……。足を引きずりながら、アイツは俺に近づいてくる。
「君たちは僕のこと落とした。それに忘れた。だから思い出させなきゃと思ったんだァァ」
「ゆ、許してくれ。許して……」
「二カ月前に行方不明になった君の仲間、今はどこにいると思うゥ?」
「まさか、その絵が……」
「そう、鬼に食われているのが君の仲間だよォ。ちなみに名前は何だったっけェェ?」
「な、名前……」
全てに気づいた瞬間、俺は絶望した。
そんな俺の顔を見下ろし、アイツは唇を大きく吊り上げる。
「今度は君の番だね、正樹クン」
座席に座っていた乗客たちがユラリユラリと立ち上がり、一斉に俺の元へ向かって歩いてくる。両手を伸ばし、口からよだれをダラダラと流しながら。
「ヤット食エル」
「食エル」
「ヒサシブリ」
「ヒサシブリ」
「ヒサシブリ」
二カ月前にいなくなった俺の仲間、絵の中で鬼に食われているそいつの名前は……。
「寿史ぶりだね。みんなで食べるの」
目の前の悪魔は、初めて嬉しそうな笑顔を見せた。
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