ピュグマリオンの裔

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 その人形は、ひと口に人形といっても一メートルをゆうに超えるなかなかの大物だった。随分な年代物に見えたため、一応、管内の古物商に鑑定を依頼したところ、やはり相当高価な代物であることが判明した。表面は希少な白漆で覆われ、その白みがかった淡い肉色は、一見すると人肌に見えなくもない。さらに、関節ごとに仕込まれた球体が、人間のような挙動を可能にしている。その古物商によると、海外のビスクドールを真似て作られたものだろうとのことで、ただ、海外ではもっぱら陶器で製造されるところ、その人形には主に松材が用いられているとのことだった。  そんなものがよく半月も腐食を免れていたとは思うが、じつは漆は腐食にきわめて強く、一年以上も前に座礁した船から、沈没当時と変わらない美しさを保つ漆器が引き揚げられた、なんて逸話もある。ともあれ彼は、表面を覆う白漆のおかげで腐食を免れ、纏っていたタキシードともども綺麗な姿を留めていた。そのせいもあって、当初、捜査員たちは生きた人間と見間違え、引き揚げて人形だとわかったときは誰もが胸を撫で下ろした。  どこか大人びた顔立ちは、女児向けの人形よりはデパートに飾られたマネキンを髣髴とさせた。発見当時、人形は仕立ての良い子供用のタキシードに身を包み、男児のようなおかっぱのかつらを被せられていた。ただ、顔立ち自体は中性的で、服とかつらを女物に取り換えれば女児にも見えただろう。何にせよ、かなり印象的な――魅惑的な容貌をしている。  こんな人形を、あいつが……?  鑑定を終え、倉庫の長机に無造作に寝かされた人形を見下ろしながら、俺は、この人形の持ち主であっただろう男のことを思い出していた。  実のところ、今回遺体として見つかった美坂篤郎という男は俺の古い知り合いでもあった。といっても、小、中学校を通じて同じ学校で学んだだけの、ごく薄い繋がりではある。何せ相手は、この町随一の名家の子で、身に着けるものもそれに立ち居振る舞いも、あらゆる面で俺たち庶民とは一線を画していた。あちらも幼いなりにそれを自覚していたのか、俺たちとは積極的に関わろうとはしなかった。いつも自分の席で、俺たち悪ガキ連中が絶対に手をつけないような分厚い小説を読み耽りながら、ここは自分の居るべき場所じゃない、と冷たい顔で澄ましきっていた。  高校は別々の学校に進学し、以来、交流は完全に途絶える。まれに地元新聞の経済欄で消息を知る以外は、文字通りの没交渉だった。  それから、はや十八年。  まさか、こんなかたちで級友に再会するとは思ってもいなかった俺だが、だからこそ、こいつの死の真相はしっかり暴いてやらなきゃなと一抹の使命感を抱いてもいた。……いや、これはそんな高尚な話じゃない。強いて言うなら、そう、違和感。それも古い記憶に根差した。  俺の知る美坂は、他人を冷たく見下しはしても、女々しく世を儚んで自殺するタチには見えなかった。まして、家業を継いだ後は社内改革で目覚ましい成果を挙げ、家には奥さんと子供まで。男としては人生で最も充実したひとときだったろう。そんな時期に自殺? それも、あの傲慢な美坂が……? もちろん、それらの違和感があくまで俺個人の偏見に根差していることは自覚している。が、すでに刑事として十年以上禄を食む俺は、こうした違和感こそ最も尊重すべき感覚であるとこも身に染みている。  そう。美坂篤郎は殺されたのだ。
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