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「牧瀬さん」
デスクで仕事をしていると、上司から声をかけられた。
「部署違いで申し訳ないんだけど、これ、企画部に届けてくれる?岸さんて人に声かければ分かると思う」
「はい、承知しました」
封筒を受け取り、言われた部署に向かった。とりあえず一番近くにいた先輩社員に声をかけた。
「お疲れ様です。すみません、岸さん、お手すきでしょうか」
「ああ、いるよ。待ってね。岸ー!」
岸、と呼ばれて振り返った男性が歩いてくる。ちょっと怖そう、と思ってしまった。
「ああ、これね。ありがと。・・・おい、行くぞ」
「はい!」
少し離れたところから立ち上がった姿が見えた。先週、社員用カフェにいた人だ、と思った。岸さんの半歩後ろをついていく姿が、私の横を通り抜けた。岸さんの香水の香りの合間からまた、覚えのある良い香りがふわりと漂った。
帰宅して、ポストを除くと封筒が入っていた。見覚えのある同級生の名前が記されているそれは、中学の同窓会のお知らせだった。
会場に着くと、見覚えのある同級生たちがワイングラスを片手に談笑していた。
「里美!久しぶりー!」
「喜代美ちゃん!久しぶり!」
ボーイッシュだった喜代美ちゃんが、レースのワンピースを着ている。とてもよく似合っていた。
「まさか里美がOLやってるとはね。すぐ結婚して家庭に入ると思ってた」
「うちは、母が専業主婦で、だからこそ、なのかな。あなたはもっと社会勉強をした方がいいわって言われて」
「あ、分かるかも」
「・・・え、どういう意味?」
喜代美ちゃんと笑い話をしていると、一人の男性が近づいてきた。
「・・・井川!久しぶり!」
「久しぶり、関、牧瀬」
クラスで目立っていた井川君だった。とくに親しかった記憶もないので、話しかけられたのは意外で驚いた。
「なんかみんな、大人になっちゃったよな」
「井川、今なにやってんの?」
「俺は、車関係。関と牧瀬は?」
「私は今アルバイト掛け持ちしてる」
「え、フリーターってこと?」
「まあ、そうなるね。来年結婚するの。そしたら彼の家の仕事一緒にやるつもりだからさ、今のうちにいろんなこと経験しとこうと思って」
「え、そうなの!?おめでとう!」
「へー、旦那の仕事って?」
「老舗のお茶屋さん。曾お爺さんの代から続いているから、けっこうプレッシャーなのよね」
なんて素敵なお話なのだろう、と、小さく拍手してしまった。
「牧瀬は?結婚とか予定あるの?」
「えっ、ないない!転職したばかりだし、もう仕事に精いっぱいで」
手を横に振り、否定した。
「里美、彼氏もいないもんね」
ニヤリ、と笑う喜代美ちゃんをぺちっと叩いた。
「ふーん、そうなんだ。あ、2次会あるらしいよ。どうする?」
「私は、明日バイト休みだし、行くつもり。里美は?」
「あ、私は明日仕事だから、ここまでかな」
おなかいっぱいになったところで、2次会の場所に向かう流れで喜代美ちゃんに挨拶をし、その場を後にしようとした。
「・・・牧瀬!」
後ろからの声に振り向くと、井川君だった。
「なに?」
「またさ、みんなで集まったりしようよ。連絡先交換しよ」
「あ、うん」
深く考えずに、QRコードを見せた。
「じゃあ、また」
「うん、また」
駅前のスーパーまだやってるかな。卵、安いと良いんだけど・・・。
そんなことを考えながら、家路を急いだ。
「牧瀬ちゃんてさ、なんで前の仕事辞めちゃったの?」
社員用カフェで、近くに座っていた同い年の先輩、浅見さんから声をかけられた。
「前の会社、ですか?」
「うん。中途採用だから年上かなと思ってたら、同い年だったから。すぐ辞めちゃったってことでしょ?」
「ああ・・・」
意味もなく手元にあったカフェ・オレをストローでかき混ぜた。
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