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ダメだ、どうしよう。
言葉にすればするほど、伝えたいこととは違う形になっていって、しー君の顔に不安の色を塗っていってしまう。
「立場って、なに?同じ仲間や、言うたやん。仲間から、恋人になれたのに上下関係みたいに言うのやめぇや」
「ごめんなさい、あの、違くて・・・」
「そうやってすぐ謝んなって!」
「・・・ごめんなさ・・・」
「・・・ごめん」
身体の奥はまだ痛むのに、今ズキズキと痛むこの胸は、また別の理由で。
しー君を、傷つけた。嫌な思いさせた。さっきまで、あんなに優しく抱きしめてくれてた人を。両手に持ったエコバッグの重みが、ズシンと感じた。
「ほんまに、遅くなるから、帰り」
低く、静かな声だった。
「・・・うん。おやすみなさい」
「・・・おやすみ」
涙が。
しー君に背を向けるまで零れなくてよかった。
しー君のことが、好き。大好き。なのに、傷つけてしまった。怒らせてしまった。あんな顔、させてしまった。
嫌い。大嫌い。
こんな自分が。
エコバッグを2つ膝の上に抱えて、端の席が空いていたので座った。
涙がまだ静かに頬をつたう。私は知っている。自分を卑下することが、大切な誰かを傷つけること。間違えてしまった。早く、しー君に謝りたい。さっき別れたばかりなのに、もうしー君に逢いたくなってる。けど、このまま何もなかったことにはできない。ハッキリ言われたわけじゃないけど、浅見さんはきっとずっと、しー君のこと・・・。けど、浅見さんの気持ちは私から言う事じゃない。でも、しー君とこのままの状態ではいたくない。けど・・・。
でも、とかけど、ばっかり頭の中に浮かんで、結局は自分のことしか考えられていない。なのにその自分の気持ちさえ、一人では抱えきれない。
エコバッグをぎゅっと抱えると、前に立っていた人の膝が、私の膝にコツン、と当たった。
浅く座っていたつもりはなかったけど、邪魔だったかな、と思い、座席に深く座り直した。・・・邪魔、という言葉に目が熱くなった。
コツン、と、また膝に前の人の膝が当たった。わざわざ膝を曲げて、ぶつけたように見えた。顔を上げると、そこにいたのは知った顔だった。
「・・・久しぶり、牧瀬」
私を見下ろしたその顔は、ニヤリと悪魔のように優しく微笑んでいた。
「・・・先、輩・・・」
呪いをかけられたように身体が動かなくなった。一刻も早くここから逃げ出したいのに。なのに、行く手を阻むように先輩が隣に座って、周りから見えないように、背もたれと私の腰の間に手を入れた。さっきベッドの中で優しく抱いてくれたものと全然違う手に息が詰まった。
「何これ、全部野菜?すごい量じゃん。何、今結婚して専業主婦とか?」
「・・・」
身体が動かないだけでなく、声も出なかった。
日曜の夜のせいか、電車内の人もまばらで、近くに人がいなかった。
「女って図太いよな。あれから何か月経った?1年も経たないうちに開き直ってちゃっかり結婚してんじゃん。人のことセクハラだ、パワハラだって騒いで、しっかり他でやることやってんじゃん」
「・・・」
スルリと、手を撫でられた。さっきまで、しー君が繋いでいてくれた手を。
「あれから俺、大変だったんだよ。事実無根だってのに部署異動させられてさ。時季外れの異動に嫁にも疑われたし、引き継ぎに追われるし、中には勘繰る奴もいて、ほんと、ストレス解消しないとやってらんないって感じ。・・・あの時みたいにさ」
その手が、バンバンと強く私の頭を叩いた。しー君が、ずっと撫でてくれた髪・・・。
「・・・いで・・・」
「・・・は?」
「・・・触らないで!近づかないで!離れて!私に、触らないで!!!」
気付いたら、声の限り、叫んでいて。
一気に周りがバタバタと騒がしくなった。
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