Treasure Chest

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ドラマでも見たことのないような個室に連れてこられて、目の前で先輩、前の会社の先輩が声を荒げている。 「だから、知り合いだって言ってるじゃないですか!元部下ですよ!なのに痴漢とか勘弁してくださいよ!」 「だから、それはあなたが一方的に言ってるだけでしょ。仮に本当にそうだとしても、知り合いだからそうですか、ってことにはならないから」 「おい牧瀬!お前さっきから何黙ってんだよ!!」 「・・・」 震えた手を自分で握りしめるしかできずにいた。何か言葉を発したいのに、喉がキュッとしまったみたいに、声が出ない。 「お前、いっつもそうだよ!自分で蒔いた種なのにさ、自分は悪くありません、みたいな面してさ、待ってれば誰か助けてくれると思ってんだろ!卑怯なんだよ!」 「・・・」 「なんとか言えよ!お前また俺の人生台無しにすんのかよ!マジでふざけんなお前!」 「ちょっとちょっと、言葉が過ぎるよ、お兄さん」 先輩と駅員さんの言葉に、胸が苦しくなる。あの時みたいに、息ができない。呼吸、しなきゃ。また、迷惑かけてしまう・・・。けど、苦しくて、身体が動かない・・・。どうしよう、ごめんなさい、また迷惑かけてしまう・・・。 バン、と大きな音を立てて、ドアが開いた。息を切らした、しー君が立っていた。 「・・・は?誰?」 「・・・牧瀬里美を、迎えに来ました・・・」 しー君が、先輩を見向きもしないで私をぎゅっと抱きしめてくれた。温かくて強い腕に、ずっと堪えていた涙が零れた。 「えっと、ご家族の方?」 「はい」 「まあ、電話で話した通りなんですけど、他の乗客の方から、痴漢に遭ってる人がいるって通報があって。相手の人は知り合いだって言ってるんですけど、肝心の奥さん、ですかね。ずっと黙ったままで」 ここに連れてこられてすぐ、手に持っていたスマートフォンが鳴った時、しー君の名前を見て、とっさに電話に出てしまった。けど、声にならなくて、代わりに近くにいた駅員さんが事情をしー君に話してくれた。 「・・・里美?」 「・・・」 膝をついて、私を見上げるしー君の目を、やっと見つめ返すことができた。 「・・・話したくなかったら、無理に言わんでええから」 「・・・」 優しい目が、私を見つめていた。 「は、ちょっと何呑気な事言ってんだよ!こっちは冤罪の被害にあってんのに、ふざけんなよ!」 「・・・ぁあ゛?」 しー君がスッと立ち上がった。 「何が冤罪やねん。ふざけてんのどっちや。こっちは大事な人泣かされとんねん。そっちがそういう態度やったらこっちも出るとこ出たるから覚悟しとけやゴラァ!」 「ちょ、ちょ、旦那さんも穏やかに、冷静に」 しー君の迫力に、私の方が少し冷静になってきた。先輩があきらかに怯んでいて、その姿はこちらの方が情けなくなるほど滑稽に見えた。まだ速い鼓動を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をした。 「あの・・・」 しー君と、駅員さんが振り向く。絞り出すように、声を出した。 「触られたのは、腰と、手と、頭です。その人は、知り合いなのは、本当です。・・・けど、もうその人と、関わりたくないです。二度と会いたくありません・・・」 それから。 しー君が結局家まで一緒に来てくれて。(駅からタクシー乗った) 落ち着くからお風呂入っておいで、と言ってくれて。 ゆっくり湯船で温まって出たら、部屋中に良い匂いが漂っていた。台所に立つ後ろ姿にホッとした。 「・・・良い匂い」 「カレー作った」 「カレー?」 「あと、カレーには合わんけど、今ココア作ってる。勝手に戸棚あけてごめん」 「作ってるって?」 「牛乳と、純ココア見つけたから」 「それ、お菓子作る時に買ったやつ・・・」 「うん。お湯で練って、牛乳で溶かすとめっちゃ美味いから。あったまるから。座ってて」 「・・・うん」
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