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いつもの定位置に座った。自分の家なのに、緊張する。
炊きたてのご飯の上に乗ったカレーが、ココアと一緒に運ばれてきた。
「・・・美味しい!すごく!とっても!」
「せやろ?前に大切な人から〝お前のカレー、本州一美味い〟って言われたことあんねん」
得意げにフフン、と言われた。
「大切な人?」
「うん、前にバイト一緒やった先輩。先輩って言うか・・・めっちゃ、大好きな人やった。本州ってなんやねん、って聞いたら〝日本一言うたらお前調子に乗るから、本州で勘弁しといたるわ〟やって。意味分からん」
口調からして、男の人なのかな、と思った。しー君の顔が、子供みたいに笑顔だった。
「美味しい。本当に。・・・ホッとする。ううん、やっぱり興奮する美味しさ!おかわりしたい!」
「もう夜中やから、あとは明日の朝にしとき。・・・でも、良かった」
しー君の大きな手が、私の頭を撫でてくれた。さっきまでの笑顔が、しゅん、と無くなった。
「・・・怖い思いしたな」
「・・・ううん。私の方こそ、心配かけてごめんなさい・・・あ、また謝っちゃった・・・あ、でも、これは違くて」
「いや、俺の方こそ、つまらん意地張らんと、ちゃんと家まで送るべきやった。ほんまに、申し訳ない」
膝に手をついて、しー君が私に頭を下げた。
「・・・謝らないで」
「大事にするって言ったそばから、ほんまにごめん」
「・・・カレー食べよ?冷めちゃう」
「・・・うん」
暗い部屋で、ベッドの脇に座ったしー君が私の手をぎゅっと握ってくれていた。
「・・・本当に、私が寝るまでいてくれるの?」
「うん。鍵は、ポストの中入れとくから」
「明日仕事なんだし、私、もう大丈夫だよ」
「んーん。どっちかって言うと、俺の我儘やな。・・・俺が、いたいねん。ここに」
「・・・」
「・・・ん?」
「・・・お母さんに」
「・・・うん?」
「前の会社辞めた時、すごく心配かけちゃった」
「・・・うん」
「理由、全部は言えなかったけど、それが余計に、心配かけちゃった。親にも言えないこと抱えてるんだって、悲しませちゃった」
「・・・うん、分かるよ。俺も、伯母さんに心配かけたくなくて、言えんことようあったし」
「だから、もうこれ以上私のことで辛い思いさせたくなくて、今日、しー君に頼っちゃった。ごめんなさい」
「なんで謝るん?嬉しかった、言うたら不謹慎やけど、言うたやん。なんかあったら一番に知らせて欲しい、て。・・・なんで、泣いてんの?」
濡れた枕が、頬を温めていた。
「私、昔からそうなの。言いたいこと我慢して、でも心の中ではずっと〝なんで、どうして、私ばっかり〟って考えてた。直接相手に言う勇気もなくて、ずっとモヤモヤしてた。その分だけ、いつか報われるって勝手に信じてた。けど、それが何より自分を傷つけてた。このままじゃいけないって分かってるのに、いざその場になったら、結局言いたいことが出てこなくて、同じことの繰り返しなの」
「・・・」
「ひどいこと言われたらこう返そうって、準備してるのも、嫌で。だっていつでも攻撃できる自分になってしまう気がして。でも、じゃあどうしたら良いかって思っても思い浮かばなくて。そんな自分が情けなくて、こんな、でも、とか言い訳ばっかりになっちゃって・・・自分に自信が持てなくなっちゃった」
「・・・ごめん、急いで家出たからハンカチ忘れたわ」
服の袖で、しー君が涙を拭いてくれた。
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