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言葉の意味を理解するまで、少し時間がかかった。
神様、どうかどうか。もしも願いが叶うなら。
この人が、ずっとずっと笑顔でいられますように。この人が、世界中の誰よりも幸せでありますように。そんな姿を、私はずっと見ていたいです・・・。
「んんんんん、美味しい!」
「里美は何食べても美味しい言うんやなあ」
「だって本当だもん!私、蟹味噌ラーメンなんて初めて食べた!海で泳ぎたくなる!」
「せめてプールにとき。風邪ひくで」
顔をくしゃっとさせて笑う顔が、すごく好きだと思った。
「こっちの鮑肝ラーメンも食べてみる?スープの底にな、ちょっと鮑入ってんねん」
「わあ素敵!美味しそう!」
「そっち、一口頂戴」
「うん!スープもすごく美味しいよ!麺、もちもちだよ!」
器を交換するしー君の手が止まった。
「しー君?どうしたの?」
「・・・なんか、こっちずっと見てる人おる・・・」
「え?」
眼鏡をかけて、しー君の視線と同じ方向を見た。
「・・・お父さん!?」
「・・・へ?」
カウンター席に座っていた父のお箸から、チャーシューがポロ、と落ちた。
師走、とはこういう慌ただしさを言うわけではないと思う。
なぜか私は、父の車でしー君と一緒に、実家に連行されている。
「・・・お父さん、仕事は?」
「昨日が、仕事納めだ」
「そうなんだ・・・」
運転中とはいえ、こちらをチラリとも見ない。
本当はしー君と並んで座りたかったのに、私だけ助手席に座らされてしまった。バックミラーごしにしー君を見ると、ちょっと緊張した顔で窓の外を眺めていた。しー君がなにか言葉を発しようとすると、「話は家で聞く」と父が言った手前、私もしー君も、会話をすることができずにいた。
「あらあら・・・」
しー君を見るなり、玄関先で口元を押えた。
「ただいま。本当は、お正月に帰って来るつもりだったんだけど・・・」
「どうぞどうぞ、ここじゃなんだから、入って」
「はい、お邪魔致します」
頭を下げて玄関で靴を脱ぐしー君。靴の揃え方がキレイだと見惚れる私の耳元で、母が「イケメン♡」と呟いた。
ドラマで観たことがある。お父さんが腕を組んでしかめっ面をしてこちらをずっと無言で睨んでいるシーンのまさにそれだった。
本当は今日、お買い物デートのはずだったのに・・・。
なにも悪いことしてないのに、そんなにしー君を睨まないで欲しい。
「あの」
先に口を開いたのはしー君だった。
「本日は、事前にご挨拶もしないまま突然うかがって申し訳ございません。里美さんとお付き合いさせていただいております、翡翠雫稀と申します」
「ヤダ、足、崩してくださいな。紅茶も冷めないうちに飲んで。あ、甘いものお好きかしら?頂き物のチーズケーキがあるのよ。持ってくるわね」
いただきます、と一礼してチーズケーキを口にするしー君は、さっきまで豪快にラーメンを食べていた姿と正反対に上品で、そのギャップに、またときめいてしまった。
「ちょっと、お父さん。いつまでもそんな怖い顔してないで。・・・えっと、翡翠さん、はお仕事は?」
「はい、里美さんと同じ会社で業務部に属しております」
「あら、じゃあ忙しいのね」
「はい、昨日出張から帰ってきました」
「あら、どちらに?」
「マレーシアです。少しですけど、観光する時間があったので、写真後で良かったら見てください」
「まあステキ!マレーシアなんて行ってみたいわあ。私、アジアは里美が小学生の頃だったかしら。韓国と台湾に行ったことがあって、ね?お父さん」
「・・・」
「お父さん!もういい加減にして!せっかく里美帰ってきたのに」
「あ、いえ。お会いできて嬉しいです。なのに手ぶらで、申し訳ございません」
「謝るのはこっち。今日はデートだったんでしょ?なのに無理やり連れてきたりして!信じられないわ、お父さんたら」
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