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「あの、仏壇・・・」
「え?ああ、今年、義母・・・里美の、祖母が亡くなって。家を畳むことにしたから、仏壇、うちで引き取ったんです。義父のと一緒に」
「手を、合わせても良いでしょうか?」
「・・・え?」
しー君が、スッと立ち上がった。
隣の部屋の仏壇に慣れた手つきで御線香をあげて、祖父母の位牌に手を合わせる姿が、キレイだと思った。
「あ、私も・・・ひゃあ!」
立ち上がろうとした瞬間、痺れた足がもつれてその場でドタっと尻もちをついてしまった。
「・・・大丈夫?」
「大丈夫、ありがと・・・」
しー君の手を握って体勢を整える私に、父がわざとらしく咳払いをした。
「ホラ、本当に2人とも、足、崩して。コタツなんて久しぶりでしょう?」
「はい。中学受験の時、友達の家で勉強させてもらったときのこと、思い出しました」
「あら、御実家には?」
「無かったですね」
「翡翠さん、ご両親は?今もお仕事されてるの?」
「母は、いません。父は、僕が二十歳の時に亡くなりました」
「あら、じゃあ大変苦労したでしょう」
「いえ、高校入るまで伯母にずっと世話になっていて。それに、友達に恵まれました。すごく支えになって、生きて来れました」
「・・・そう」
亡くなった、という言葉が胸にズシンときた。いない、とは聞いていて。それがどういう意味かは聞けなかったけど・・・。しー君は、私の知らないところで、たくさん、たくさん辛い思いをしてきたのかもしれない。鼻の奥がツンとした。
「里美とは」
ずっと黙っていた父が、口を開いた。
「付き合って、どれくらいだ」
「はい、1週間くらい、です。・・・やんな?」
「あ、うん」
私を見るしー君の顔が、少し緊張していた。
「あらヤダ、付き合い立て?若いっていいわあ・・・。翡翠さんて、関西の方なの?」
「はい。大学から、こっちに引越してきました」
「大学は、どちらに?」
大学名を聞いた母がパッと笑顔になった。
「あら、お父さんと一緒じゃない!」
「経済学部でした」
「素敵な偶然ねえ、お父さん」
「・・・」
どうしよう、お父さんの顔がどんどん険しくなっていく・・・。お線香をあげた後、痺れた足を引き摺るように戻り、再びしー君の隣に座った。
「・・・翡翠、君」
「はい」
お父さんが口を開いた。顔はまだ怖い。
「連絡先を、教えなさい。えすえぬ・・・じゃなくて、ちゃんと電話番号だ」
「はい」
失礼します、と言ってしー君がお父さんの近くに座ってスマホを出した。
「どちらでも、繋がります。こっちの070の方が仕事用ですが、両方持ち歩いてるので。・・・あ、そこの、決定ってところ押せば大丈夫です」
「・・・分かってる」
そんな二人を見てハラハラしている私をよそに、母はニコニコしながら紅茶を淹れなおしてくれていた。
「そうだ、翡翠さん。もうすぐだけど、お正月もうちに遊びにいらっしゃいよ。私ね、毎年御節は手作りなの。でもお父さんも里美も御節そんなに好きじゃなくて。今年は喪中だから、質素なものになるけど、人数は多い方がいいから」
驚いたように、父が「おい!」と声を上げた。
「いいじゃないの。義兄さん夫婦は海外でしょ?訪ねてくる親戚もいないし、みんなでのんびりしましょうよ」
「え、良いんですか?ぜひ、お邪魔したいです」
「しー君、いいの?」
「俺、正月らしい正月って、したことないねん。伯母さんは義伯父さんの実家行ってまうし、いつも一人やったから」
しー君の明るい口調に胸がしゅん、とした。少し泣きそうな顔で、母が「・・・そう」と微笑んだ。
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