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すっかり目が覚めた。
『すごいわよ。今朝3時に元気いっぱいに〝おはようございます!〟ってうちに。お父さんに黙って連れていかれちゃったけど』
「・・・どういうこと!?」
実家でそわそわしながら待っていると、お昼過ぎにしー君が父と一緒に帰ってきた。
「あ、ただいま!」
「・・・おかえり」
「ただいまじゃないだろ!」
「・・・ごめんなさい」
父に後ろから背中を小突かれて、しゅん、とするしー君。
「あらあら2人ともお疲れ様。ああ、雫稀君、お父さんの釣り服少し大きかったんじゃないの?」
「今度、お父さんと一緒に選びに行く約束しました!」
「若いやつは見た目重視で、機能性なんてそっちのけだからな。俺がしっかり見立ててやる」
「はい!よろしくお願いします!」
頭が追い付かなくて、言葉が出てこない。
「な?すぐ会える言うたやろ?」
「うん・・・」
「めっちゃ寒かった!めっちゃ船揺れた!マじで落ちそうになったもん!」
言葉とは裏腹に、しー君の表情はキラキラしていた。
「手、洗ったのにめっちゃ磯臭い」
パーにした両手を母に向けるしー君。クンクンとその匂いを嗅いで、母がクスクス笑っている。
「そうなるのよねー、でもこの匂い、癖になってついつい嗅いじゃうのよねえ」
「分かります分かります!」
「おい、こっちに来い。捌き方教えてやる」
「はい、お願いします!」
「いいか、これが鱗取りだ。まず・・・」
唖然としている私に、母が耳打ちした。
「お父さん、口ではああ言ってるけど、絶対喜んでるわよ。会社の人が息子さんと一緒に山登りとかしてるの、うらやましいって言ってたもの」
「はあ・・・」
「〝俺が見立ててやる〟なんて。また誘う気満々じゃないのよ、ねえ?」
母と釣れた魚をフライにしている間、リビングではしー君がきんとん用に栗の皮むきをしていた。
「お父さんたら。〝青虫にビビるかと思ってたら、平気で掴んで針に通してた。本当に初心者か〟って悔しそうだった」
「いつの間にそんな話になってたの・・・」
「里美がトイレに行ってる間によ。お父さんが、〝明日、昔馴染みと釣りに行くから一緒に来い。来なかったら里美との交際は認めん〟なんてドラマでも聞かないこと言って。そしたら雫稀君、〝嫌です。絶対に来ます〟って。で、本当に来るんだもん。頼もしい彼氏ね」
フフフ、と笑う母からの〝彼氏〟というワードに、顔が赤くなった。
「ね~え、しー君」
母が、しー君に向かって話しかけた。隣で新聞を読んでいる父の顔がムッとしている。
「はい!」
「大晦日、うちに泊まりなさいよ。一緒に年越ししましょ」
「え、い、いいんですか?」
父と母を交互に見るしー君。
「・・・寝るのは、この部屋だぞ」
ムスッとした顔の父の隣で、しー君が満面の笑みで「はい!」と答えた。
「あんたも、その方がいいでしょ?」
「・・・うん」
展開が早すぎて、正直ついていかない。けど、器用に嬉しそうに栗の皮を剥いているしー君を見たら、全部どうでも良くなってしまった。
私は、楽しそうに笑ってるしー君を、ずっと見ていたい。
みんなで魚だらけのちょっと遅めのお昼ご飯を食べて、御節の準備も一区切りした後。お父さんは近所の人に呼ばれて出て行った。食器を洗う、と言ってくれたしー君を無理やりこたつで座らせて、母と食器を洗い終えてリビングに戻ると、しー君がうたた寝をしていた。今日、朝早かったもんね。子供みたいな寝顔と、規則的な寝息が聴こえるのが嬉しかった。
年内最終日の今日も、しー君は忙しそうだった。朝一から会議だと聞いていたけれど、その後、岸さんとエレベーターを降りていくしー君とすれ違う時、アイコンタクトをしてくれた。スマホを覗くと、『外回り行ってくる』とLINEが送られてきていた。
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