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私も、PC入力を終えてお昼にしようと思った。
週替わりのランチはインドカレーだった。しー君が作ってくれたカレー、美味しかったな。今度、私もスパイスから挑戦してみようかな。そう思いながら食べていると、目の前に誰かが座った。浅見さんだった。
「カレー美味しそうだね。私も、同じのにしよっかな」
「・・・はい、美味しいです」
「・・・」
「・・・」
下を向いたまま、浅見さんが微笑んでいた。
「牧瀬ちゃん」
「はい」
「・・・雫稀と」
「・・・」
「・・・付き合ってるの?」
言い終えると同時に、浅見さんの顔が赤くなって、両目から涙が零れ落ちた。
「・・・」
スプーンを戻して、両手を膝の上に置いた。
「この前、また同期で集まろうかって話があって、声かけたら、買い物行くから無理って言われて。何買うのって聞いたら、彼女の誕生日プレゼントって。・・・こういう勘、働く方なんだよね。・・・牧瀬ちゃん、今日、誕生日だよね?」
「・・・はい」
「・・・あ、ヤバ。私ったら、これ、言っちゃダメなヤツだよね・・・後でアイツに謝らなきゃ。あ、でも、もう次会うの年明けか・・・そっか・・・」
「浅見さん」
「ん?」
「私、翡翠さんのこと好きです」
「・・・うん」
「・・・」
「・・・良かった。謝られたりなんかしたら、牧瀬ちゃんのこと、嫌いになっちゃうところだったよ」
「・・・」
手に持っていたポーチから、品の良い柄のハンカチを出して、浅見さんが涙を拭った。
「年末、実家に帰るんだ。って言っても、横浜だから近いんだけどさ。その時にね、久しぶりに地元の友達からプチ同窓会やろうって誘われてて。良い人いたら紹介してもらおっかなーなんて思ってるんだ。友達の友達とか、友達の彼氏の先輩、とか、いろいろ出逢いって無限じゃん?」
「・・・」
「・・・私も、良い恋見つけるから。身近で誰かが幸せになるとさ、人間だから悲しくなったり悔しくなったり、本当は羨ましいだけなのに、その気持ちに素直に慣れなくて、心が病んじゃうことってあるかもしれないけど、幸せって、誰かが得るはずのものを奪ってなるものじゃないよね。だったら私も、牧瀬ちゃんみたいに・・・本当に好きな人と、幸せになる未来があるって信じてるから」
「・・・」
必死で涙を堪えていた。ここで私が泣くのは違う。ここで泣いたら、浅見さんを本当の意味で傷つける。
「やっぱ、お昼、外で食べるね。気分転換、気分転換。・・・じゃね。牧瀬ちゃん、今度2人でご飯食べに行こうね」
手をひらひらと振って、浅見さんが席を立った後、つい、涙が一粒零れてしまった。
デスクに戻る前に、お手洗いに寄った。この前の3人と鉢合わせしてしまった。ジロリ、と睨まれた気がした。
「・・・翡翠と、付き合い始めたの?」
「黙ってるってことは、認めてるってことだよね?」
「・・・欠点、女の趣味」
「ちょ、やめなよ」
「だってさあ!」
「春奈がいいって言ってんだから、いいじゃん!」
「調子に乗らないで。社内でイチャつくとか、絶対しないであげて。・・・春奈の気持ちも考えてよね」
「もう、行こ」
押し問答しながら、3人は出て行った。
今年の仕事を終えて、PCを閉じた。
帰る支度を整えて、スマホを見ると、しー君からLINEがきていた。
〝まだ会社にいる?〟
急いで会社を出ると、しー君が笑顔で待っててくれていた。駆け寄って手を握ると、とても冷たかった。
「里美の手、めっちゃ温いなあ」
しー君の息が白かった。きっと、私はもうこの人無しでは生きていけないと思った。
「・・・里美?どした?」
「・・・」
「・・・なんか、涙目になっとるけど。なんか、あった?」
「・・・」
「・・・誰かに、なにか言われたん?」
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