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「大好き」「幸せ」「ありがとう」「嬉しい」
しー君と出会ってから、私はこの言葉ばっかり言っていて。
どれも素敵な言葉なんだけど、世界にはもっともっとたくさんの、愛を伝える言葉がある。もしいつか、しー君との間に新しい命が産まれたら、それをちゃんと教えてあげられる人間になりたい。そして、それをまっすぐに大切な人に届けられる人に育てたい。そんなことを思いながら、波の音と共に眠りについた。
ふと目を覚ますと、部屋が薄暗い。窓から見える空からは雨が降っているようだった。いつの間にか眠ってしまったことに気づく。身体を起こそうとすると、なんだか重い。よく見ると、しー君が同じソファーで、私の腰を抱いて眠っていた。そっとしー君の髪を撫でた。
「・・・ん・・」
「おかえりなさい。ごめんね、寝ちゃってた」
「ただいま。・・・俺も」
ゆっくりと起き上がって、まだ眠そうに眼を擦るしー君。夕べも残業で遅かった。
「あ、プリンとゼリー買ってきた。冷蔵庫入ってる」
「わあ、ありがとう!」
「食べられそう?」
「うん。あ、雨降ってたでしょ、大丈夫だった?」
「もう止んでた。けどちょっと肌寒かったー・・・お前は母さんのお腹の中やから、寒くないし、雨降っても平気やんな?海來」
しー君が嬉しそうに私のお腹を撫でた。
海來、という名前はしー君が考えてくれた。性別にとらわれず、海のようにすべてを包み込む優しさと広い心を持って、喜びも幸せもたくさん訪れる未来を歩めるように、と。予想通りと言うか、初めて妊娠を伝えた時、お母さんはどっしり受け止めてくれて「あんたはしー君に守られて生きてるんだから、安心してこの子を育てなさい」と言ってくれた。お父さんは聞いたその足で子供服を買いに行こうとしたのでお母さんに叱られていた。けど、それから毎日何もないところを見てはニヤニヤしているか、私や海來のことが心配すぎてこれから夏だというのに雨が降るだけで身体を冷やしてないか、気圧の変化で体調を崩してないか心配して電話をかけてくる。この前、母がテーブルの上に「じぃじ じぃたん おじぃ」と書かれたメモを見つけたと言っていた。
そして、しー君は私が妊娠に気が付かずに職場で倒れた時、会議中だったのに一目散に駆けつけてくれた。貧血かも、と病院に行ったときに妊娠が分かって、最初は言葉を失っていたけれど、その後私を抱きしめて泣いて喜んでくれた。
「しー君」
「ん?」
「私、だいぶ悪阻もおさまったし、行きたいところあるの」
「あかん。岸さんの奥さんに聞いたけど、ほんまは妊婦さんに安定期って無いねんて。いつどこで何があるか分からん。命育ててるんやで?油断も無理も絶対あかん」
「・・・はい」
「・・・で、どこ?」
「・・・お墓参り」
「あ、お婆ちゃんとお爺ちゃんの?でも、飛行機は・・・」
「ううん。・・・しー君の、お父さん」
「・・・え?」
「・・・命日だよね、もうすぐ」
「・・・なんで」
「私、しー君のお父さんにご挨拶したいし、海來のこと報告したいの」
「・・・」
「・・・家族、でしょう?」
「・・・」
しー君が本当はどう思ったかは分からない。けど、ずっと仕事で忙しくて大阪のお友達にも会えてないこと、知ってる。もちろん、お墓参りにも。なぜか私は、行くなら今しかないと思ったのだ。
久しぶりの新幹線に、ドキドキしていた。もちろん、理由はそれだけではない。しー君が冷たいお茶を買ってきてくれた。
「これ、ノンカフェインやて」
「ありがと。海來、もうすぐ出発だよ。大阪、楽しみだね。たこ焼き美味しいねえ」
「・・・まだ品川やけどな」
「あ、でもソースの匂いで気持ち悪くなっちゃうかな・・・でも、食べたいな」
「たこ焼き屋の近く通ったら、嫌でも匂いすんねんから、その時の気分で決めたらええよ」
「・・・そだね」
心なしか、いつもよりしー君の口数が少ない。
新大阪行きの新幹線がゆっくりと動き出した。
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