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「里美、そこ段差あるから気ぃつけや」
「うん」
しっかりと手を繋ぎながらも、私の足元を気にしてくれる。本当に優しい人だと思った。
「だいぶ歩いたから、少し休もか」
「ううん。平気」
「無理すんなて。ちょっと、座ろ」
「・・・うん」
墓地に向かう石段に、私が座れるようにしー君がハンカチを敷いてくれた。そこにゆっくりと腰をおろす。
「風が気持ち良いね、海來」
胎動を感じるようになってから、ますますお腹に向かって声をかけることが増えた。
「そこ、曲がってすぐやから」
「うん」
「ごめんな、ここ、道細くてタクシー通れへんねん」
「大丈夫。少し歩いた方が良いって言われてるし」
「終わったら、どっか休んで食べてから帰ろ」
「あ、実家にお土産買う時間あるかな?」
「うん。俺も、父さんに頼まれてる酒あんねん」
「お父さんたら・・・」
「まだ、酒呑んでんのかな・・・」
「え?」
「んーん」
なんでもない、と首を横に振るしー君の笑顔が、なんだかとても寂し気に見えた。
少し休んだので、ゆっくりと立ち上がった。
「よし、行こっか、海來」
しー君のお父さんと、お爺さん、お婆さんが眠るお墓は、なんだか周りと比べて汚れている気がした。北海道の伯母さんがお彼岸に来れなかったから、去年のお盆に掃除したっきりだと思う、としー君が言った。
泥や苔を丁寧に慣れた手つきで掃除するしー君の背中をただ見つめるだけで、何もできない自分が情けなくなった。
「ありがとな、里美」
「・・・えっ?」
急に声をかけられて、変な声が出てしまった。こちらを向かずに、手を止めずに続けるしー君。
「里美がおらんかったら、俺、もしかしたら一生ここに来れへんかったかもしれん」
「・・・」
そんなことないよ、と心の中で呟いた。一生来ないつもりだったら、数年ぶりのこの複雑な道をナビ無しで来れるわけないし、そんな丁寧に掃除もしたりしない。お父さんの名前に触れて、そんな寂しそうな顔、しない。きっと、しー君は本当は・・・。
「火、つけるから。ちょっと離れてて」
「あ、うん」
しー君からお線香を受け取って、お腹に注意を払いながら屈んで手を合わせた。しー君のお父様。初めまして。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。嫁の里美と申します。この子は、海來と申します。雫稀さんとの子です。どうかどうか、私は充分幸せなので、天国から雫稀さんとこの子が幸せであり続けられるよう、見守っていてください。
「・・・何、長いこと拝んでたん?」
「ん?自己紹介と、海來の紹介と、お願いしてた」
「宝くじ当たりますように?」
「違うもん!」
ふざけてしー君を叩こうと手を上げると、前を歩いていたしー君が急に立ち止まったので、しー君の肩におでこをぶつけてしまった。
「痛・・・しー君?どうし・・・」
「・・・」
目の前の、少し離れたところに、キレイな女の人が立っていた。
「しー君?」
「・・・」
顔を見上げると、しー君が言葉を失っているのが分かって、ハッとした。
もしかして・・・
「・・・も・・・」
声をかけようとすると、その女の人が頭を下げ、逃げるようにその場を去ろうとしたので、私も慌てて追いかけた。
「・・・お待ちください!」
「・・・待て、里美!走るな!」
しー君の言葉にも耳を貸さず、とっさに、女の人の腕を掴んだ。自分にこんな行動力があるとは思わなかった。だって、この人の目元がしー君そっくりで、とても良い香りがしたから。
「あ、ごめんなさい、つい・・・」
「・・・」
「・・・あの、あの・・・海來っていいます。あ、私じゃなくて、この子が」
私は自分のお腹を触った。
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