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「・・・」
その女の人は、泣き出しそうな顔で私を見ていた。
「・・・約束します。私が、必ず雫稀さんとこの子を幸せにします。守ります。一生添い遂げます。・・・お母さんの分まで」
「・・・」
「・・・お願いです。人は、親に愛されるって信じて産まれてくるから、一緒に生きていけるって、信じて産まれてくるから、例えどんな事情があったとしても、それが叶えられなかったこと、これからも償って生きてください」
「・・・」
「・・・不幸にならないで。お母さんが不幸だと、子供はとても、とても悲しいから。しー君に、もうこれ以上そんな思いさせないで」
「・・・」
涙を零しながら、うんうん、と頷いて、その人はもう一度、今度はしー君に向かって深々と頭を下げた。
「・・・」
しー君はずっと何も言わなかった。女の人は手に持っていたお花とお水の入った桶を持って、その場を静かに去っていった。
ゆっくりと、しー君の前に戻った。
「ごめんね、ママ急に走り出しちゃって。ビックリしたね、海來」
「・・・」
「・・・ごめんなさい、余計な事言って」
「身体、なんともないか?」
「うん。ちょっとの距離だったし。でも、気を付ける。もうしない。ごめんなさい」
「・・・お待ちください、てなんやねん。江戸時代か」
「・・・とっさに」
「帰ろか」
「・・・うん」
帰りの新大阪の駅の中で、たこ焼き屋さんに入った。ソースの良い香りがお店に充満している。
「・・・美味しい!」
「食べられそ?」
「うん!むしろこの匂いが食欲そそる!」
「そか」
優しく微笑むしー君。行きの新幹線の中よりも元気がないように見えるのは明らかだった。
「熱い、うわ、タコ大きい!でも美味しい!」
「ハハ、いっぱい食べ。ちゃんと水も飲むんやで」
「うん!美味しい!」
「・・・ほんまはさ」
「ん?」
「ここも美味いけど、梅田の方行くと、有名なたこ焼き屋さんいっぱいあるからさ、今度来たときは、そっちも行ってみよ」
「うん!・・・あ、その時は海來も一緒かなー?ねえ、海來」
お腹を撫でていると、しー君が真剣な顔をして言った。
「俺さ、自分の母さんのこと、あんまり考えたことなかった」
「・・・うん」
「百合ちゃんがいてくれたから、寂しいとか、会いたいとかは、正直思ってなかったんやけど、恨む、っていうのもなんか違くて。ただ、どうしてんのかな、何してんのかな、生きてんのかな、とは考えてて」
「・・・うん」
「・・・まあ、生きてる、ってのは一応さっき、分かって」
「・・・うん」
「きっと俺のことなんてさっさと忘れて、とっとと別の人生歩んでるんやろな、むしろ別の人生歩むために俺のこと捨てたんやろな、とは思ってた。どうせ、とかやなくて、言葉のまんまの意味で」
「・・・」
「けど、里美のこと見てて、違ったんやな、そうやないんやな、って思った」
「私?」
「妊娠してから、めちゃくちゃ体調悪かったやん。青い顔して、フラフラになって。でも、弱音一つ吐かんで、海來、海來って。嬉しそうに、愛おしそうにお腹撫でてさ。・・・あの人も、少しは俺のこと、そんな風に思ってくれたんかなって。そういう風に、俺のこと、お腹の中で育てて産んでくれたんやなって思ったら・・・なんか・・・分からんけど・・・」
涙声になっているしー君の手を、テーブルの上で握った。
「・・・そんな思いして産んでくれたんやし、忘れるはずないよなって・・・思った」
「・・・海來が、教えてくれたんだよ」
「・・・せやな」
涙をぐいっと拭って、しー君が笑ってくれた。
それから、2人で2種類のたこ焼きをシェアしながら食べて、駅でたくさんのお土産を買って、新幹線のホームに向かった。
「あ、コーヒーの良い匂い」
「・・・そこのコーヒーショップ、デカフェにできるかもしれんから、聞いてみる」
「ありがと。もし、できなかったら、普通のミルクでもいいよ。ちょっと甘いのが良いな」
「分かった。座ってて」
「うん。荷物見てる」
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