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ショップの中に入っていくしー君の背中を見ながら、ふう、と息を付いた。なんだかドラマチックな1日だったな。あの人が、しー君のお母さん・・・。キレイな人だったな・・・しー君にそっくりだった。あ、逆だ。しー君がお母さんにそっくりなんだ。偉そうなこと言っちゃったな・・・けど、言えてよかった。会えてよかった。・・・お母さん、命日知ってたんだな。もしかして、毎年お墓参りに?お盆とかお彼岸は、誰かと会うかもしれないから・・・?
「おまたせ」
ハッと顔を上げると、いつものしー君の笑顔だった。
「デカフェ、OKやった。俺も同じのにした」
「ありがとう!」
「そろそろ行こか。んー、でもまだちょっと時間あるかな。指定席やし、ギリギリまで座ってよか」
「うん、でも荷物多いから」
「大丈夫、俺持つから」
「あ、じゃあ、こっちの軽いのは・・・」
荷物を寄せようとしたその時だった。
しー君の手が止まった。
「分かりました、これから東京戻ります。じゃ、今日のうち小鳥遊さんのPCにメールしときます。はい、はい・・・」
スーツを着た男性が、電話をしながらスッと横を通り過ぎた。
「・・・海惺?」
「え?」
「っ、海惺!」
そう叫んで、しー君は走り出してしまった。追いかけようと思ったけれど、荷物もあるし、手にはコーヒーだし、アタフタしてると、そう離れていないところで、しー君が立ち止まってるのが見えた。
知り合いでも見つけた?でも、見失っちゃったのかな・・・。
少しフラつきながら、戻ってきたしー君の顔は、なんだか真っ青だった。
「・・・しー君?」
「・・・ごめん、行こ」
「でも」
「・・・乗り口、遠かったら大変やし、もう行こ」
「・・・うん」
時刻通りに到着した新幹線に乗り込んで、席に着いた。荷物は全部しー君が上にあげてくれて。でも、やっと席に着いた後も、しー君は動揺がおさまっていないようだった。
「しー君、手」
「え?あ・・・」
走り出したときに持っていたコーヒーが蓋から零れたのか、しー君の手にコーヒーがついていた。それをウェットティッシュで拭くと、小さな声でありがとう、と言われた。そしてまた、新幹線がゆっくりと東京に向かって動き出した。
「帰りも、富士山キレイに見えるよね、良い席とってくれてありがとう」
「・・・うん」
「・・・コーヒー、久しぶりに飲んだ。ありがとう。美味しい」
「・・・うん」
「・・・」
口角は上がってるのに、目が笑っていない。さすがに心配になって、しー君の手をそっと握ったら、強い力で握り返された。
「・・・しー君?」
「・・・」
「・・・話したかったら、話して。話したくなかったら、聞かない。私は、ずっとしー君のそばにいるから」
「・・・大学の、時」
「うん?」
「カフェで、バイトしてて・・・あ、何度か、一緒に行ったやんな?」
「うん」
「俺が入ったときの、先輩・・・」
「前に、少し話してくれた人?」
「あ、そ・・・か、話したな、うん」
「うん。大切な人、って」
「・・・2つ、年上で。なんでもできて、あ、でも性格は大雑把かな。けっこう自由で、でも不器用なところもあって、強いところもあれば、人間らしいところもあって・・・」
しー君の目から涙が零れた。私は、こんなキレイな涙を知らない。
「親父が死んで実家も無くなって、めちゃめちゃしんどかった時、わざわざ家に来てくれて、青春漫画に出てくるみたいな熱いこといっぱい言ってくれて、あの人なりに、精一杯俺のこと励ましてくれた。それでもう、一生生きていけるくらいの勇気もらった気分やった。なのに俺、ガキやって、思うようにしたいことしてまうところあったし、自分でも気づかんうちに嫌な思いさせてたみたいで。言いたくないこと言わせた。素直になれんかったのは俺やのに、ごめんって何度も謝らせてしまった。一緒にいたのは、一年ちょっとくらいやったけど、信じられんくらい濃い時間で、あっという間やって、人生、変わるくらい・・・めちゃくちゃ、大切で、大好きな人やった・・・」
「・・・うん」
人生で、男の人がこんなにキレイに泣く姿を、初めて見た。なんと言ったら良いか分からなくて、でもこの人がたまらなく愛おしくなって、ぎゅっと抱きしめた。しー君の肩がずっと震えていて、摩っても、摩っても、まだ震えていて。この人は何年、こんな風に泣くのを我慢してたんだろうと思ったら胸が苦しくなった。でもきっと、私はこの涙は、止めるべきじゃないと思った。流して流して、海に返してあげるべきだと思った。きっとそれは、空に昇って、太陽の光となって降り注ぎ、またこの人を照らしてくれるはずだから。
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