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歯は磨いた後だったので、コップ一杯の水を飲んでからベッドに潜った。
眠るのは子供の頃から好きだった。嬉しいことは夢に出てきてくれて、嫌なことは眠ってる間は忘れさせてくれるから。
「同期会?」
「うん。今度の金曜日。牧瀬ちゃんもどうかなって」
「でも私、新卒じゃないし、同期とは・・・」
「そう言うと思ったんだけど、人数は多い方がいいしさ、他の部署の社員も顔見知りになった方が良いと思って!」
「・・・まあ、そうですね」
いつものように社員用カフェでランチをしていると、目の前に浅見さんが座った。
そして食い込み気味に同期会に誘われた。確かに、今のところ親しい社員友達はいなかった。
「終わる時間にもよると思います。私、来週のミーティングの資料、1部担うことになっていて」
「へー、すごいじゃん!あ、時間は大丈夫。もともと残業決定組もいるし、自由参加、自由解散だから。お店もオシャレなビストロ貸し切りなんだよね」
「へえ・・・」
「ま、合コンみたいなノリで、気軽に参加してよ!絶対楽しいから!」
「はい・・・」
それは逆にハードルが上がったな、と感じてしまった。
「あ、お疲れ」
「お疲れ」
浅見さんが手を振った方向を見ると、「彼」だった。同期会ってことは・・・
「ねえ、金曜、行くよね?」
「あー、無理かも」
「え、なんで?」
「出張」
「え、泊り?」
「じゃなくて、帰ってくる。その後経費精算とか、報告することあるし」
「ええー、ちょっとでも良いから顔出してよ。初めての同期会なんだから」
「・・・間に合えばね」
「じゃなくて、間に合わすの!」
浅見さんが彼の腕をコン、と軽く殴った。
気にする様子もなく、私の手元をチラッと見ているのに気付いた。
「それ、何?」
「え?」
私に、話しかけてる?
「ランチメニュー?」
「あ、はい。週替わりの、ラニャーニャ。・・・あ、違う、ラジャ、ラザージャ、ラ、ラザーニャ!!」
「・・・」
「・・・です」
「・・・っ・・・」
あ。
笑われて、しまった。
「彼」が手で口元を隠しながらククク、と震えている。
「牧瀬ちゃん、噛み過ぎー。可愛い~」
浅見さんもクスクスと笑っている。恥ずかしい。緊張すると、噛んでしまうのが子供の頃からずっと治らない。
「牧瀬ちゃん?」
「そう。同じフロアなんだよね。中途なんだけど、同い年なの。あ、ヤダ思い出しちゃった。自己紹介の時さ、牧瀬ちゃん、〝よろしくお願いしもうす〟って言ってたよね・・・」
顔を覆って笑う浅見さん。恥ずかしい過去が呼び起された。
「・・・あ、武士の?」
「そう、突っ込まれて、〝武士ではござらん〟とかなんとか言ってて、もうおっかし・・・」
「あの、違います、言い間違いでござってって言っただけで・・・」
「いや、そんな、変わらないから!」
「・・・ははぁ」
「〝ははぁ〟って!!!」
テーブルを叩きながら笑う浅見さん。どうやらツボに入ってしまったらしい。
「浅見、笑いすぎ。・・・ほんじゃ、先を急ぐゆえ」
「ちょ、やめてっ・・・!!!」
「あ、お疲れ、様です」
「お疲れ様です」
テーブルに突っ伏す浅見さん。口角を上げたくらいの笑顔で〝じゃ〟という意味で私に軽く手を上げて、「彼」はカウンターに向かって行った。いつもの店員のお姉さんと会話しながら、カップを受け取った。きっと、今日もカフェ・ラテだと思った。
会話を、してしまった。会話が、出来た。手元にあるカフェ・オレを飲む。やっぱり美味しいと思った。
MAPアプリで〝sourire〟というお店にたどり着いた。フランス風のビストロ。広いフロアにオシャレな観葉植物がいっぱい飾ってある。
中に入ると、すぐに浅見さんが気づいて手を振ってくれた。
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