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「牧瀬ちゃん!こっち!」
会釈しながら浅見さんが空けてくれていたらしい隣の席に座った。
「場所大丈夫だった?迷わないで来れた?」
「はい、アプリ使ったので」
同じテーブルの席の人たちに、浅見さんが声をかけた。
「牧瀬里美さん。ホラ、自己紹介で武士だった子」
〝ああ・・・〟という目で見られた。
「浅見さん」
「ん?」
「もしかして、新卒じゃないの、私だけだったりします?」
「ううん。他にも何人か声かけたし。ホラ、あそこにいるのも確か中途の子だよ」
「へえ・・・」
遠くのテーブルに気まずそうに座ってる男の子が見えた。
「全員揃った?」
「あと2人かな」
「誰?」
「スズキとミナミ」
「乾杯しちゃおっか。そろそろ来るでしょ」
「彼」の姿は見えない。どちらかが、彼の名前だと思った。
「牧瀬ちゃん、お酒弱そうだけど大丈夫?」
「あ、はい」
「家で呑んだりするの?」
「家では、吞まないですね」
「じゃあ呑み会とか?外で呑んだりするの?」
「いえ。呑み会も、あんまり得意じゃなくて」
乾杯から1時間。ほろ酔い状態の浅見さんが〝ふーん〟と微笑みながら質問を続けた。
「牧瀬ちゃんて、彼氏いるの?」
「いないです」
「じゃあ、社内で良い人探してる感じ?」
「いえ、今は仕事覚えるのに精いっぱいで」
「今は、か・・・」
「なんで」
「ん?」
「なんでそんなに、質問してくるんですか?」
「んー・・・」
「春奈。そういうの、セクハラだよ」
目の前の男性社員がぴしゃりと言った。春奈?ああ、浅見さんの下の名前だ。
「えー、ただの女子トークじゃん。ねえ?」
「・・・」
「ごめん、不快だった?」
「どうして、そんなに聞かれるんだろう、っていう気持ちです」
「牧瀬ちゃんて、不思議なんだよね」
「不思議?」
「そう。派手とか目立つタイプじゃないのに、なんか気になるっていうか、影が薄いように見えて存在感あるっていうか」
「・・・」
「春奈、それ、絶妙にディスってる」
目の前に座っていた、男性社員が口を開いた。
「え、違うって!存在感あるって言ってるじゃん!」
「目立たないとか影が薄いとかさ、普通にひでーじゃん。ごめんな、チュートちゃん。コイツ、こういうところだよな?」
チュートちゃん?あ、〝中途ちゃん〟か。
「飲み物足りてる?中途ちゃん。あ、っていうか中途ちゃん、部署どこ?」
「アンタも〝中途ちゃん〟って言いたいだけでしょ」
目の前のピザを一切れ手に取って食べた。あ、美味しい。タバスコどこかな。
「いやいや、中途ちゃん、マイペース過ぎでしょ」
「へ?」
「もう、牧瀬ちゃん、ホント楽しいー!」
・・・来るんじゃなかったかな。そう思い始めたころ、お店のドアが開いた。
「あ、遅い!」
入ってきた男性2人。そのうちの一人が「彼」だった。
「あ、ちょ、ごめんね」
浅見さんが席を立つ。そのまま2人の方へ小走りにかけていった。
「来た。エリート組」
「エリート?」
「出世コースだろ、完全に。けど俺は岸さんの下とか絶対イヤだね。社会人2,3年目って厄介だよな。後輩ができたってだけで急に先輩面して威張りたがるヤツ多すぎ。仕事論とか語っちゃったりしてさ、いい加減パワハラだって気づけよって話」
目の前の、名前も分からない男性社員がフォークを振りながら語り始めた。きっとストレスが溜まってるんだな、と思った。
浅見さんはそのまま2人と奥の席に座って、そのまま談笑し始めた。目の前の人は今もずっと語り続けている。あ、なんかちょっと、気持ち悪い、かも・・・。トイレ行きたい・・・。
トイレから出て、手を洗う。オシャレなお店は、お手洗いも綺麗なんだな、と感動する。このハンドソープ、フランスのかな。容器もすごく可愛い。
頬が熱い。腰が重い。トイレのドアの外の洗面所の前。ちょっとスペースが広くて、フロアから死角になっていて、居心地がいい。ちょっと、座ってから戻ろうと思った。
・・・戻っても、楽しくないな、きっと。荷物、持ってくれば良かったな。けど、お会計とかあるし・・・。
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