116人が本棚に入れています
本棚に追加
子供の頃。
私はよく体調を崩す子だった。
楽しみにしていた遠足、大事な試験の前。必ずと言って良いほど熱を出して寝込んでしまった。朝礼で校長先生の長い話を聞いていると、ほぼほぼ気分が悪くなって倒れてしまう。なのに毎年受ける健康診断は問題なくて、身長も体重も、すべてが普通。小、中、高。おまけに大学でも目立たない方だった。
そんな私が、朝礼で倒れる以外に、1度だけ目立ってしまったことがあった。
祖母が私の10歳の誕生日に、子供服で有名なブランドで、ワンピースを買ってきてくれたのだ。オシャレに敏感では無かった私はそれまでお洋服に興味はなかったけれど、それがとても素敵なものだということは触ったときの生地の感触で理解できた。いろんな色の混ざり合ったチェック柄に繊細なレース。子供心に、これがいわゆる「お姫様気分」なのだと、心が躍った。
次の日、それを着て学校に向かった。
ドキドキして仕方なかった。先生、ビックリするかな。友達、「可愛い」って言ってくれるかな。緩む口元をキュッと結んで、教室に入った瞬間、空気がざわついたのが分かった。
「・・・おはよう」
返事のない教室の中央に集まっていたクラスメイト達が、一斉に私の方を見ている。その中から、クラスの人気者の女の子。確か名前は森野さん、が現れたのを見て、ビックリした。私とまったく同じワンピースを着ていたから。
「・・・そのワンピース」
「これ、お婆ちゃんが買ってくれたの」
「・・・ふーん」
子供心に、着てきてはいけなかった、言ってはいけなかったのだと瞬時に悟った。みんなの視線が痛い。その日は人生で一番、一日が長く感じた日だった。
月日は流れて。
私は社会人になった。最初に入った会社はとても合わなくて、5か月でやめてしまった。やっとの思いで中途採用された会社の入社初日。私は、やってしまった。
「牧瀬里美です。よろしくお願いしもうす!」
頭を下げた瞬間、笑いが起こったのに何が面白いのか分からなかった。
目の前にいた先輩に
「牛?それとも武士なの?」
と言われて、やっと気づいたのだ。
「あ、武士ではなく!でも牛でもなくて、ただの言い間違いでござって!」
あわあわしながら弁明していると、ついに目の前の先輩3人くらいが崩れ落ちた。
フロア中に響く笑い声の奥から
「キャラ設定乙」
「狙いすぎてむしろ潔い」
という声が聞こえた。
甘めに入れてもらったカフェ・オレを抱えてテーブルに両方の手で頬杖をついた。
入社して約3か月。とりあえずここの社員用カフェのメニューは全制覇した。社員用だけあって、価格もリーズナブルでありがたい。そして美味しい。
あ、テーブル濡れてる。ティッシュ使い切っちゃった。紙ナプキンもらってこよう。
商品手渡し用のカウンターから、2枚ほど紙ナプキンを抜いていると、ふわり、と良い香りがして、思わず振り返った。
「あれ、久しぶりじゃない?」
「出張行ってました。イタリア」
カフェの店員さんと親しげに話しているのは、同い年くらいの男性社員。カフェ・ラテを受け取って、急に私の方を向いたので驚いた。
「お疲れ様です」
「・・・お疲れ様です」
・・・あ、紙ナプキンとりたいんだ。すっと手を引くと、小声で「すみません」と言うのと同時に同じ意味の手を上げる仕草をして、1枚とって空いている席に向かって歩いて行った。
なんの香りだろう。お昼、もしかしてコーヒーだけ?
そう思ってたら、バッグの中からハンカチに包まれた四角い箱。つまりお弁当を取り出した。お母さんか、彼女さんの手作りだなと思った。
最初のコメントを投稿しよう!