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「お帰りなさい。今日義父様からお手紙が届いたのですが」
「…………」
声をかけても返事をせずにむすっとしたままの夫。
貴族間の結婚なんてどこも似たものだと溜息を呑み込みながらも、喪失感は拭えない。
「「お父様お帰りなさい」」
「ただいま。今日は疲れているから静かにしろ」
子供達が父親の顔色を見て静かにそばを離れる。
まるで腫れ物に触れるように、避けられていることに気づかないのは本人だけなのでしょう。
自分の命令を聞くのは、一家の主人として尊敬されているからだと疑っていない。
確かに子供が小さい時はそうだったかもしれないけれど、幼かった子供達も今や二十歳と十八歳、とばっちりで怒鳴られる前に避けているだけなのに。
私、ダリアがダル・マーベリック男爵家に嫁いだのが十八歳。その年に双子が生まれて、翌年にはまた双子が生まれた。
年子の双子、おむつが取れない子供四人の育児は大変で、乳母を一人雇っても手が足りない。本当はもう一人ぐらい雇って貰いたかったけれど、渋い顔をされその願いは叶わなかった。
食事はできる限り一家揃ってとる、それだけでいい父親をしているつもりなのだから呑気なものだ。
「ロン、宮廷での仕事はどうだ?」
「はい、順調に進んでいます。それで、近々隣国への留学希望者を募るのですが、志願しても良いでしょうか?」
隣国との交流は盛んで、技術や知識の共有とさらなる発展のため優秀な若者を留学させている。
「もちろん、さすが俺の息子だ。留学生に選ばれたのなら俺も鼻が高い」
「ありがとうございます」
「あの、お父様、私も志願しようと思っております」
長女のフローラルが父親の顔色を窺いながら話すと、ロンの時と打って変わって渋い顔に。
「お前は女なのだからそこまでする必要はないだろ」
「私の婚約者カーター様の家は代々王宮勤めの薬師。将来彼の役に立つためにも、薬師としての力を伸ばすため留学したいのです」
「しかしカーターは何と言っている?」
「彼も留学を希望しています。もし二人揃って叶ったなら結婚をしようとも」
「それはめでたいな! 女は子を産むことが一番の仕事。分かった許可しよう」
フローラルはありがとうございますと笑顔を作るけれど、その顔はどこか冷めている。双子の兄との待遇の違いに不満を感じ反抗したこともあったけれど、それすら最近しないのは理解してもらうことを諦めたから。
「そうか、ロンとフローラは異国に。レックとライラも来年には卒業だな」
「はい。俺は騎士団に入隊が決まっています。初めは国境の警備にあたるそうなので、卒業と同時に家を出て行きます」
「お父様、私、実はルータス様より正式な結婚の申し出が。卒業したら領地に来てほしいと言われました。お姉様より先に嫁ぐのは、と思っていたのですがカーター様と結婚の話も出ているのならこの話進めても良いでしょうか?」
「もちろん! いや、今日はめでたい話題が多いな。疲れていたが気分が良くなった。おい、ロン、レック今夜は酒を飲もう、付き合え」
さっきまでの仏頂面はどこへやら。
笑顔で息子達を晩酌に誘うも、父親の気分に振り回されるのにうんざりしている息子達はよそゆきの笑顔を顔に貼り付ける。
「申し訳ありません。留学志願のための論文を書きたいので」
「俺も夕飯の後には剣の稽古をするのが日課ですから」
つれない息子達の返事に、夫の眉がピクリと上がる。不機嫌になる一歩手前のその表情を見逃さない子供達は黙って食事を口に運び自分達の部屋に戻っていった。
そして私も黙ってその場を離れる。
自室に戻るとガチャリと鍵をかけ、部屋の隅に置いていたイーゼルを中央まで持ってくると、椅子をその前に置く。
私が絵を描き始めたのは子供達が十歳になったころ。
結婚当初から気持ちの上下が激しく、気に入らないことがあれば私の存在を無視する夫。暴力こそ振るわないものの、外面の良さを家庭で憂さ晴らしするかのように、私を見下し自分の意に添わなければ数日も口を利かない。そんな夫に私は少しずつ心を凍らせていった。
両親からは貴族として産まれたからには家のために嫁ぎ、子供を産むのは当たり前のことだと言われてきた。
田舎の男爵家の私にはさほど大きな縁故もなく、親にせっつかれるように行った夜会でも人見知りのせいかご縁を繋いで帰ることができなかった。
他の人が当たり前のようにすることがどうしてできないのかと責められ、いっそのこと一人で生きたいと思ったこともあったけれどそれは許されなかった。
両親にとっては、行き遅れの私は恥でしかなく日毎に居心地が悪くなる実家に耐えかねていた時に声をかけてくれたのがダルだった。
これで娘としての義務から逃れられると安心したのも束の間、今度は妻としての義務がのしかかってきた。
子宝にすぐに恵まれたのは幸いだったと思う。でも、子育てに関心を持って欲しいと願っても「お前は子供を産んで変わった」と冷たく言われてしまった。
学生だって働き始めたら自然と考えや態度が変わるのに、人間を産んで育てるのだから、生き方が変わらない方がおかしいと思う。
もちろん、ダルにそんなこと言っても怒鳴られ無視される日々が続くだけ。
初めは言葉を尽くして自分の気持ちを伝えてきたけれど、次第にそれもなくなった。
――この人は、私の気持ちを分かってもらうための努力をする価値もない――
その結論に達した時、私は部屋に鍵をかけた。
そんな生活の中、絵だけが私の心の支えだった。
気晴らしに描いた絵を知り合いの画廊に飾らせてもらったら、たった一日で売れたと聞いて驚いた。絵は偽名で書けるので、それからも絵を描き、時にはスランプに陥りながらも私の名前は次第に広まっていった。
絵で稼いだお金は私名義の口座にいれ、小さな一軒家を借りられるぐらいの金額になった。親から譲られた遺産と合わせたら一人で生きていけるぐらいの金額になったのは下の双子が学園に入学した時。
それから三年、私は絵を描き時を待った。
母親としての役目を全うするのは義務ではなく私の願いでもある。あの子達は私の宝物だから。
だから子供達が家を出ると同時に、私も家を出た。
その時のダルの表情はまさしく青天の霹靂。
いやいや、あんなに私を蔑ろにしてずっと一緒にいて貰えると思っていたの? と私もびっくりする。
――――
それから一年。
私は自由を謳歌している。
マーベリック男爵家との縁は子供達がいるから切れることはなかった。実家のことは心配だったけれど、異国に留学したロンがうまく立ち回ってくれたみたい。
絵も順調に売れ、私は更なる販路を見つけるため避けていた夜会に出ることに。
ただ、四十歳間近の女性が一人で出席するのはハードルが高く、画廊のオーナーに相談したところオーナーがエスコートしてくれることに。
御歳五十歳のオーナーはロマンスグレーの髪を後ろに撫で付けどこか楽しそうにしている。
「オーナー、今日はご機嫌ですね」
「こんな美人のエスコートができるんだから、そりゃご機嫌にもなるさ」
「美人って……私、もう三十八歳ですよ。子供だって成人していますし」
「私から見たら十分若いさ。それに最近はイキイキと輝き出して二十代でも通るよ。もっとも女性を若さで判断するのはどうかと思うがな。私の妻など歳を重ねるごとに魅力的になっていく」
オーナーはそう言ってにこりと笑う。愛妻家のオーナーを借りるのは心苦しかったけれど、しっかり惚気られてしまった。こんな夫婦もいるんだな、と当たり前のことを思い、私もこんなふうになりたかったと思ってしまう。
「サルダン叔父上ではないですか。珍しく奥様以外を連れられてどうしたのですか?」
後ろから声をかけられ振り返った先には壮年の騎士が。年齢は私より少し上だろうか。渋く落ち着いた雰囲気はどこかオーナーと似ていて、叔父と呼んでいたなと納得する。
目尻に僅かに皺のある精悍な顔立ちと、衰えない鍛えられた身体は、若者ほどではないにしろ人の視線を集めていた。
「初めまして。私サルダン様の画廊でお世話になっているダリア・ヘイルソンと申します。今日はサルダン様の人脈にあやかろうと同行をお願いしました」
誤解のないようにしっかりと伝えると、大きく頷いて納得してくれたようで。
「そうでしたか。私は第二騎士団の団長をしているマトリック・ドイルです。いや、叔父上がこんな美人を連れているのでどうしたのかと思いましたよ」
「おいおい、お前のさっきの目はそんな穏やかな雰囲気ではなかったぞ。返答次第では妻に告げ口するつもりだったのだろうが、了承を得た上でのエスコートだ」
「まさか叔父上に対してそんな疑問は抱きませんよ」
ははっと笑うマトリック様にサルダン様は苦笑いを浮かべる。しっかりと説明して良かったと内心ほっとしていると、サルダン様に軽く背中を押された。
「どうせお前は一人で来たのだろう。俺はダンスは苦手だから一曲踊ってくると良い」
「いや、でも。ファーストダンスを俺と踊ったのでは彼女のご主人が何と思うか」
「そのことでしたら、離縁致しましたからご心配ございません。むしろマトリック様にご迷惑がかかるのでは」
サルダン様の台詞で一人で来られているのは分かったけれど、親しくしている方がいないとは限らない。
「私の方は心配ありません。騎士団長の立場ゆえ仕方なく出席しているだけですから。では、一曲お願いいたします」
すっと手を出され、ダンスを申し込まれるなんて何年ぶりかと思ってしまう。断る理由もなく手を重ね私は久しぶりにステップを踏むことに。
無骨な騎士かと思っていたらマトリックのダンスは中々洗練されていて、リードもうまかった。ここは年の功というべきところか、会話からも下心など微塵も感じず自分の才能で身を立てている私に感心してくれる。
「そういう意味では騎士も同じです」
「そんな、私には騎士団の方のような命の危険もありませんし、一緒だなんておこがましいです」
私の存在を認めて貰うのは、壊死した心に血が通うようで。
失っていた自尊心がこの一年で随分回復してきたように思う。
人の顔色ばかりを窺って暮らしていた頃よりも、随分ゆったりと呼吸ができているのが自分でも分かる。
予想以上に会話は弾み、一曲はあっと言う間に終わった。マトリックはオーナーの元へと私を送り届けようとしてくれたけれど、オーナーは知り合いの方と話し込んでいらっしゃる。絵の買手を開拓したい私としては、その会話に入りたいところだけれど、邪魔はしたくない。
「マトリック様、ありがとうございます。オーナーのお話が終わるまでここで食事を楽しみます」
「分かりました。では、近々貴女の描いた絵を見に画廊に伺います」
しつこく誘うこともなく、社交辞令をさらっと述べて立ち去る後ろ姿はむしろ好感を持てる。この歳で若い子のような色恋沙汰はもう沢山。
さてと、と目の前に広がる食事に目をやるとどれもこれも美味しそう。食べた分だけ肉になると分かっていても、今夜ぐらいは自分を許してあげようと、言い訳をし手前のサラダから食べることにする。
酸味の効いたドレッシングがたっぷりかかったサラダがおいしくて、ついで一口大のサンドイッチを頬張る。ワインを一杯あけ、そろそろ甘いものをとシュークリームに手を伸ばした時、「ダリア」と名前を呼ばれた。
反射的に振り返った先にいる人物を見つけ、楽しかった私の気持ちは萎み眉間に皺が刻まれる。でも、ここで萎んではなんだか負けのような気がして、私は努めて明るく答えた。
「ダル、久しぶりね」
「あぁ。まさか夜会に来ているとは思わなかったよ。一人で来たのか?」
「いいえ。画廊のオーナーと一緒に。新たなお客様を紹介して貰うことになっているの」
ふと、この人は誰と来たのかと思う。特に興味もないし、騎士や役人は仕事と割り切ってパートナーを連れずに来る人もいる。断りきれず渋々くる、先程のマトリックもそうだったのでしょう。
「あなたは一人?」と聞いて欲しそうな顔をしているのが分かってしまうのは、長年連れそったからだろうか。意地でも聞いてあげないけれど。
私としては特に用も話すこともないし、その場を動く必要もない。再びシュークリームに手を伸ばしそれを皿の上におく。ついでに小さなチョコレートケーキも。
「……子供達から連絡はきているか?」
どこか声が硬い気がするのは緊張しているのだろうか。
「ええ。毎週のように皆手紙をくれるわ。フローラルは来年異国で結婚式を挙げるそうね」
「毎週もか……。それで式にはいくのか」
「もちろん、結婚準備で相談したいことがあるとかで来月向こうに行く予定よ」
そうか、と言って苦虫を噛み潰したような顔をするのは彼の元に子供達からろくに連絡が行っていないからでしょう。そりゃそうでしょ、あの子達もやっと今、羽を伸ばして自由を謳歌しているのだから。
少しイライラしてきたようで、そのことに私はうんざりする。自分の機嫌ぐらい自分で取って欲しいものだ、赤子じゃあるまいし。
「仕事はうまく行っているのか? 女一人では大変だろう」
「特に大変と思ったことはないわ」
「だが、お前の才能なんて高が知れている。そのうち飽きられるのが関の山だろう」
これには私も言葉を詰まらせる。絵が描けなくなったら、飽きられたら、そもそも私に人を惹きつけるような絵を描き続ける才能なんてないのでは、
自問自答しない日はない。
黙り込んだ私を見てダルの声が大きく威圧的になる。
「所詮お前なんてその程度のものなんだよ。運だけでここまで来れたのだからそれで充分だろう。いい加減そのことに気づけ」
「そんなの分からないじゃない」
思わず感情的になってしまい反省する。ここで煽られてどうする、もうこの男との会話は終わりにすべきね。
私は皿を給仕係に渡すとオーナーの方へと向かおうとする。
「そういつまでも意地になるな、俺はお前が頭を下げ反省するなら戻ってきても良いと思っている。若い女ならいざ知らず、お前みたいな年増を貰ってくれる男などいないだろう」
そのまま立ち去れば良かったのに立ち止まった私はまだまだ修行が足りない。雑魚の戯言など聞き流せばよかったのに、反応してしまった私に追い討ちをかけるように声が飛ぶ。
「いい加減立場を弁えろ。お前が一人で生きていけるはずない……」
「ダリアさん、ここにいたのですか」
うん? この声は、と思い振り返ると先程別れたばかりのマトリックがいる。しかも、雰囲気がなんだか違う、気がする。
「もう一曲と思ったのにいなくなるなんて酷いな」
チラリとダルを見たあとの作ったような笑顔。どうやら私が絡まれていると思って助けにきてくれたらしい。
「すみません。少し疲れてしまって」
ここは話を合わせるべき、私もとびっきりの笑顔で答える。
「ダリア、彼は誰なんだ?」
「お世話になっている画廊の親類の方よ」
なぜ答えなければいけないのかと思いながらもここは大人の対応をしておく。
「ダリアさん、こちらの方は?」
「顔見知りです」
ダルの顳顬がピクリと跳ね上がるのが滑稽で。その反応はマトリックも面白かったらしく、目に悪戯小僧のような色が広がっていく。
「そうですか。ところでいつ画廊に行けば貴女に会えますか?」
「月曜日に行くことが多いですが、オーナーに確認していただければ。都合の良い日を教えて頂ければその日に伺いますよ」
「では、そのあとに食事でも」
おっと、そうきますか。もちろん本気じゃないのは分かっているけれど、ちょっと揶揄いすぎなのではとも思ってしまう。変に元夫を煽られても困るし、ここは本音を話すことに。
「マトリック様、私以前の結婚生活にほとほと疲れておりまして、一人で過ごす自由な時間が今は何より幸せなのです」
「それはそれは、そんなにも辛い結婚だったのですね」
ピクリピクリとダルの眉が吊り上がる。その反応を楽しんでいますよね、とマトリック様に目で問い掛ければ先程と違う鋭さが微かに灯っている。
どうやら先の会話も聞いていたようで、元夫の態度が気に食わないらしい。
「私、結婚前は家のために嫁ぐのが義務だと言われ、嫁げば子供を産み育てるのが義務だと言われ、おまけに妻としての義務もこなさなければならなくて。その義務を全て成し遂げた今、凄く無敵な気分なんです」
「無敵、ですか」
「ええ。もうやるべきことは全てしました。誰も私に義務を課さない、そう思ったらまるで背中に羽が生えたかのようで、今ならどこへでも飛んでいけるような気がします」
「ふん、そんな不安定な飛行、そのうち落ちてしまうぞ。その時に今までどれだけ自分が守られてきたかを知って後悔しても遅いんだぞ」
「籠の中で怯えて生きる生き方ではなく、自由を選んだのは私。後悔なんかしないわ」
面と向かってピシャリと言い返したのは数年ぶり。結婚生活の最後の方は分かって欲しいとも思わなかったから反論すらしなかった。
「それがいいですよ。自分が一番大切だと思うものを見失って、無くしてから気づく人間は多いですからね」
マトリックの援護射撃に応戦するように、ダルが下品な笑いを頬に浮かべる。
「あなたは彼女の何を知っているんだ? 四人も子供を産み離縁された年増のつまらん女だぞ」
「確かにそれほど詳しくは知りませんが、四人も子供を育てたのは立派だし、離縁は彼女からの申し出だったはず。それに俺の目から見ると彼女は充分に若く見える」
そう言うとマトリックは唇の端を上げて私を見下ろしてくる。これは些か演技が過ぎるかも知れないけれど、どんどん不機嫌になっていく元夫に溜飲が下がるのを感じる私は性格が悪いのかも知れない。
「ふん、離婚して一年で男を探すなんて用意周到だな。再婚でもするのか」
私はパチリと瞳を瞬かせる。いったいこの男は何を言っているのだろうか? 私は自由を謳歌したいと言ったばかりなのに。
「いいえ、結婚はもううんざりだし、男女の恋愛のあれこれも今は煩わしいぐらいよ」
「……なるほど、貴女にそこまで言わせるだなんてよっぽど酷い男だったようだな」
その言葉を受け意味ありげに小首を傾げる私に、マトリックは苦笑いを浮かべる。その顔がさっきまでの芝居じみたものとは違い、彼の本心に見えたのは気のせいだろうか。
「俺は長らく騎士団にいて、遠征も多く家族というものとは縁がなかった。遠征のたびに泣き喚き、騎士をやめろと詰め寄る恋人も次第に煩わしくなったのでその気持ちは分からなくはない」
「嬉しいわ。こんな気持ち分かる人なかなかいないと思っていたから」
「だから食事はやめてお茶にしよう」
えっ? と私が芝居抜きで眉を顰めると、マトリックは肩をすくめながら片眉だけあげた。
「気の合う友人とお茶を飲む時間が欲しいとは思わないか? 遠征の多い騎士団から王都在中に代わり少しは自分の時間を持てるようになった。今までできなかったことをしてみようかと思っていてね」
「それがお茶を飲むこと?」
「甘いものが好きなんだよ。遠征中は食えないし、王都の洒落たカフェにも俺一人では入りにくい。付き合ってくれる女性を探していたんだ」
「おい、ダリア。離婚した女が男とカフェなど行っていたらどんな噂がたつか分からないぞ」
たまりかねたように話を遮ってきたダルを私達は揃って(まだいたのか)という表情で見る。
「別に構わないわ。あらゆる義務から解き放たれた私は無敵だもの。噂ぐらい好きにすればいいのよ」
そうだ。どこで何をしようとも私は自由で。
絵はどこでも描けるからこの国にいる必要もない。
子供のいる異国に行くことだってできるし、男女の煩わしさを感じない異性とお茶を飲むこともできる。
マトリックの瞳の奥の真意は分からないけれど、今は気にするのはやめておこう。
これから先、何がどう変わるか分からないけれど、私の未来は広がっている。
離縁した私の未来は明るいのよ、あなたと違って。
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