Tales-Weavers

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Tales-Weavers

 僕の中ではいちど終わった空想世界を、およそ一年ぶりに訪ねてみた。なんとなく家出をしたあとで気持ちが落ち着いて帰る時のような、ばつの悪さがあった。 「あれはアルタイル……もはや懐かしい。妻のダナも一緒だ」  ところがふたりの間に僕の見知らぬ人物がいた。五歳くらいの女児で右手をアルタイル、左手をその妻とつないで歩いている。ひと目で彼と彼女の娘だと分かった。面差しが少女の頃のダナにそっくりで、口元が父親似だったからだ。 「こちらの世界ではもう、そんなに月日が経っていたのか」  連載中も、ある章とつづく章の間で五年の歳月が流れていたこともあったから、それ自体は驚くほどのことではない。僕が創造しなくても世界は(めぐ)っていた、ということに感動しただけだ。  ふたりの間に出来る子どものために、僕は名前を考えていたはずだった。シリーズをずっと続けるつもりで、これから登場してくる主要キャラクター全員に、あらかじめ名前と能力を与えていたからだ。  ところがアルタイルの娘だけは、どうしても設定が思い出せなかった。空想を中断して、手元の資料集を見ても答えは見つからなかった。 「創造主(ぼく)が設定していないのに生まれてきた重要人物は、おそらく君だけだよ」  冗談半分で声に出した瞬間、「はっ」と雷に打たれたかのようにアイデアが閃いた。外伝は彼女を中心とした話にしよう。かつてない脅威と苦難を乗り越えるあたらしい主人公(ヒロイン)、能力は僕と同じ「物語を紡ぎ、織りなす(テイルズ・ウィーバー)力」だ。 「その名は、オリナス。オリナス・ロタ・ファトム」  僕は大急ぎで設定を考えた。久しぶりにしては湧き出るようなイマジネーションが得られたのは、慣れ親しんだ世界だったからだろう。さらに神様(チート)級の能力を持ち、どんなに奇想天外な(ぶっとんだ)展開にしてもすべてが解決してしまう、という新主人公(ヒロイン)のオリナスがいるから、創造の苦労はほとんどなかった。  白夢幻世界の後日譚、「天蓋世界(てんがい)の彼方へ」はいつものシリーズで二冊分ほどの分量で、一話完結の大長編となった。主人公の変更と衝撃的な展開が話題となり、発行部数の記録を更新した。従来の(オールド)ファンだけでなく、あたらしくシリーズ第一巻から読み始める新規さんも増えて、大成功を収めた。
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