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   朝食を食べ終わる頃には七時半が過ぎ、子供のオアシスタイムです。  気合入れてソファに座るよ。  でも、ごはんが最後までダンマリで終わった日は、決まってパパがド~ンとボクの横に座っちゃう。  大人向けの、オッサンばかり出てくるつまんない番組へ変えようとするんよ。 「ボク、見たい奴、ある」  一応、ムダな抵抗します。 「お前、レコーダーで録ってるんだろ、どうせ」 「リアルタイムで見るのが大事なんだよね。終ったら、友達から即LINEとか、来る時もあるし」 「感想を語り合うのか?」 「うん」 「中々良い習慣だが、やはり子供は待つ事を学ばなくては」  ポーカーフェイスでパパが宣言し、リモコンのボタンが押されて、子供のオアシスは一巻の終わり。  うん、まさにムダなあがきっす。  ママはママで、ダイニングキッチンと居間を分ける間仕切りのカーテンを閉め、向う側へ閉じこもっちゃうし。  CMが終るとえらそうな人がえらそうな顔で、テレビへ大写しになった。  ムカつくから自分の部屋へ戻り、ゲームをやるのが、いつもの習慣。ささやかな抵抗って奴さ。  この時もそうしようと思ったけど、ちょい気が変ったのね。夫婦喧嘩と、パパのテレビにどんな関係があるのか、知りたくなったんだ。  それにパパ、ボクに「側にいて欲しい」ってオーラ、それとなく出してんだよ。  お付き合いします。色々とお世話になってますから。その頃は、まだ反抗期の前だったし。 「パパ、こんなの観て面白い?」 「うん、ためになるが、面白くはないな」 「だったら、たまにはボクのアニメにつきあってみたら?」  ささやかな提案を受けたパパは少し考え、重々しく言った。 「あのな、大人には時として、儀式って奴が必要なんだ」 「ギシキ?」  初めてパパにコレを言われた時は、何のコッチャと思った。  で、テレビの前に座ってアレコレ考えている内、台所の方から耳障りな音が聞こえてきたのね。  ガタガタ、ゴトン!  ものすご~く古い足踏み式のミシンが、軋みながら動く時の音だよ。  ママの趣味はお裁縫。  ひい婆ちゃん、つまりママの婆ちゃんが使ってたミシンを台所の隅に置き、たま~に動かしてたの。  昭和の時代、ママが子供だった頃の思い出がたっぷり詰まってて、電気で動く機械には出せない味があるそうです。  とは言うものの、か~な~り、うるさいのね。  オイルをたっぷり差しても、ママがペダル踏む度、間仕切りのカーテンを騒音が飛び越えてく。  えらそうな人の声が全然聞こえなくなる。 「テレビ、大きくして」  慣れた様子で表情も変えず、パパがボクに言った。 「あまり大きくしなくて良いぞ。声が聞こえるギリギリで良いから」  割と微妙なご注文です。  ボクは少しテレビの音を上げ、偉そうな人の言葉に聞き耳を立ててみた  経済の現状は、まさに玉虫色ですな。  賞味期限切れの金融緩和を続けても、世界の情勢と逆行している以上、株価は乱高下を止められず、フロー予測がグレーゾーンにある。  しかるに経済指標のファンダメンタル分析は……なんたら、かんたら。  ねぇ、日本語なの、それ?  音を大きくしても、相変わらず何を言ってるか、ボクには意味不明です。理解できたのは台所のミシンの音が、又、少し大きくなった事だけ。 「上げて、もっと」  ディティールを端折ったパパの指令が飛び、今度も微妙にリモコンをいじる。  え~、アメリカの失業率は相変わらず低い割合で推移しており、市場はリスクオンの方向へ……  ガッタン、ゴトゴト!  ミシンの逆襲だ。  テレビに負けないよう、ミシンの音も大きくなって、両方とも何時の間にか、凄い音量になった。  ほら、小声で話す内、興奮してつい大声になっちゃうって事あるでしょ?  あんな感じでね、もうこれ以上デカい音が出せないって位、ペダルが強く踏まれ、ミシンが吠えてた。  胸にたまったムカツキやイライラ、ママが全部たたきつけてる感じで、ボク、ちょっと怖かったなぁ。  マジ、こんなバトルが日曜に起きてるなんて、この日まで想像もつかなかったよ。  自分の部屋でゲームする時は、きっちりドア閉めて、熱中しちゃうからさ。  それからしばらくすると、急にミシンの音がしなくなった。ペダルを踏むママが息切れしちゃったのかもしれない。  驚いたのは、ミシンの音が途切れた後、パパがテレビの音を下げろって言い出した事だよ。  番組、見やすくなったんだから、それでいいじゃん。  ボクがそう言っても、パパは「音量、ダウン」のオーダーを取り消さない。  で、下げるよね。  ほとんど音が聞こえない位まで下げたら、又、ミシンの音がし始める。  すかさずパパ、ボクに「音量、アップ」って言う。  何かその時、口元が緩んで、ちょっとだけ楽しそうなの。  一瞬、ママも台所で笑ってるかなって思ったけど、まさかね。朝ごはんの時、あれだけ怖いオーラ出してたし。  ボクが首をかしげる間も、二つの耳障りな音は狭い3LDKの中で、大きくなったり、小さくなったりを繰り返してた。  ご近所の人、うるさくてゴメン。  でも最後は、不思議なメロディを、パパとママの二人きり、テレビとミシンで演奏している感じがしてさ。
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