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3
まず市場全体を活性化する為に……
ガタガタ。
金融緩和で潤沢な資金を……
ミシミシ。
中途半端はいけません。グローバルな視点から、未来志向のステラテジーこそ……
ゴットン、ミシミシ、ガ~タガタ。
うん、けっこ~、リズミカルっす。
もうすぐ番組が終るって頃、台所との間仕切りがス~ッと開いて、ママがボクとパパにお茶を持って来た。
変な緊張感あるけど、これも、いつもの習慣なのかな?
ママの顔はまだ怖いままで、口もきかず、コーヒーカップをパパの前へ置く。
「なぁ、悪かった。機嫌、直せよ」
上目づかいにママを見て、パパはボソリと呟いた。
見返すママの目はドライアイスの冷たさだけど、それでも一歩前進だね。朝ごはんの時は、パパを見向きもしなかったから。
「もういい加減、信じてくれないかなぁ。お前が思っている様な事は、天地神明に誓って無い」
「あなた、子供のいる前でする話じゃないでしょ?」
ママはそう言い、もう一度、パパをきつ~く睨んで、又、台所へ戻っていく。
カーテンが閉まって、一分くらい静かな時間が過ぎて、思い出したみたいにミシンの音がしたよ。
でも、もう力任せの荒っぽい音じゃないんだ。ガタッ!じゃなくて、カタカタと……普通のベダルの音になってる。
「ねぇ、これがギシキって奴なの?」
ボクが訊ねると、パパはふっと溜息をつき、ソファに深く沈みこんだ。パパはパパなりに緊張していたみたい。
「うん……正確に言うと、きっかけかな」
「きっかけ?」
「或いはガス抜き」
「ガス?」
イヤ、意味不明なんですけど。
何を言っているのか、ワケわかんなくなって、ボクも溜息をついてみる。
真似されたパパは苦笑いし、間仕切りのカーテンを見た。
「時々、ああやって煮つまりそうな心を爆発させてやらんと」
「え?」
「ママって頑張り屋さんだろ? 自分の気持ち、胸の奥へしまい込むタイプの」
「よく、わかんないけど」
「昔からそうなんだ。結婚した頃、ストレスが溜まると自室にこもり、ずっとミシンを踏んでいた」
「へ~」
「そんな風にさせた俺が一番悪いんだけどな。あいつにも、あの人にも、詫びる言葉さえ見つからない」
今度は誰の事を言っているのか、訳ワカメ……
小さく首を横に振った後、パパはママがいれたコーヒーを口に含んで、思いっきり渋そうに顔を歪めた。
苦さは普段の二倍増し。ちょっとしたママのリベンジかもね、コレ。
それにしても、パパの何にキレて、ママはあんなに怒ってたんだろう?
それをボクが訊ねるより早く、パパの方から切り出した。
「時々な、ママは理由もなく、俺を疑う。この年になって、今更、俺が誰かと浮気なんかする筈ないのに」
「……はぁ?」
「昔、起きた事を繰り返して、今度は自分が捨てられる側に回るんじゃないかと、怖がってるんだよ」
重っ! 何か、空気重たい。
折角の日曜日なのに、いきなり変な話になって、ボク、シンボ~たまらんっす。
「ねぇ、パパ。シンミリ語っちゃってますけど、それってマジ、子供に聞かせる話じゃないよね?」
精一杯、怖い顔でボクが言うと、パパ、コーヒーを飲んだ時より苦い顔をした。
「いきなり過ぎるよ。何でそんな事、急に言い出すの?」
「それは……例えば、だな。もしもの話」
「もしも?」
「うん、もし、俺が」
パパの口はそこでポカンと開いたままになり、閉じるまで時間が掛かった。
「いや……良い」
「え?」
「悪ぃ。気にすんな」
パパ、作り笑いしてボクの肩をポンポン叩き、後は黙ったままでテレビを見ていた。
隣にいても、それ以上何も言わないから、ボク、自分の部屋に戻り、ゲームを始めたんだ。
その日の昼ごはんの時、ママの機嫌は少しだけ直っていて、晩ごはんになると、いつも通り明るく笑ってた。
ガス抜き、うまくいったのかな?
でも正直言って、ボク、ウザいっ!と思ったんだ。
パパの話を思い出すだけで、何かメチャクチャ、ムカついてきてさ。
反抗期って奴が始まりかけてたのかな?
ボク、それとなくパパを避けるようになった。
日曜の朝、一緒にジョギングするのも、偉そうな人が出るテレビを見たのも、それが最後です。
で、ボクが六年生になった今年の夏、同じ事したくても、もう絶対やれなくなっちゃったんだよ。
仕事中にパパ、心筋梗塞って病気で倒れて、その日の内に死んじゃった。
ボクとママが病院へ駆け付けた時には、顔に白い布が掛けてあって、指先に触るとヒンヤリした。
前よりもっと健康に気を使うようになって、パパ、とうとう禁煙まで始めたのにね。
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