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今になって思う。
何で、わかってあげられなかったんだろう、ボクは。
あの日、家に帰って「そばにいて欲しいオーラ」を出してた意味。
テレビとミシンの音で不思議なリズムを奏でる姿、わざわざボクに見せた意味。
会社で受けた健康診断、パパは凄く気にしてたしね。きっと体の調子が変なのに気付いて、怖かったんだと思う。
もし、何かあったら、今度はお前がママを守ってくれって、ボクに伝えたかった。
何せ、どんな体調だろうと仕事を休むのはNGって、パパ、決めてたからね。
前に離婚した時、持っていた財産を丸ごと奥さんにあげちゃって、お金の蓄え、あんまり無かったしさ。
生命保険も高いのに入っていたみたい。家族も仕事も失い、一人ぼっちでパパへついてきたママの為に。
ガキだったからさ、ボクは。大人の中の弱さに気付けなかった、と言うか、ずっと無視してた。
弱音に目を背けてた。絶対、気付きたくなかったんだ。ボクが子供でいられなくなる目の前の光景、全て。
逆に拗ねまくって、ろくに口も利かなくなるくらい、バカで幼稚で、さ。
手遅れじゃん、今更。
パパの本当の気持ち、何~ンも教えて貰えないままじゃんよ。
今なら、ちょっとわかるのに。
あの時、パパが途中まで言いかけた言葉、最後まで聞きたかったよ。
マンションに戻って玄関開けても、あのお味噌汁の香りはしなかった。
この頃の朝ごはん、レンジでチン、ばっかです。
「ママ、この服さ、肩の所が切れちゃったんだ。ミシンで直してくれない?」
脱いだトレーニングウェアを、台所のいつもの椅子へ座ったまんまのママに渡す。
「急がなくて……良いでしょ?」
ママはそう言い、ちらりとミシンの方を見て、すぐに目を逸らした。
何かさ、怖い物でも見るみたいな目つきだったよ。
逃げてると思った。
ちょっと前のボクみたいに目の前の全てから。
レンジで温めたピザを頬張り、ボク、居間へ戻りました。
テレビをつけてみる。
大好きなアニメからチャンネルを変えた。えらそうな人が、えらそうに話す、あのつまんない番組へ。
まず最初は音を消してね、リモコンで少しずつ上げてく。
で、意味不明なコメントが怒鳴り声並みの大きさになった時、台所と居間を隔てるカーテンの向うから声がしたんだ。
「うるさい! もっと小さくしなさい」
おぉ、めっちゃ怖ぇ~ぞ。
久々にママのマジでキレてる声、聞きました。
「なぁ、悪かった……機嫌直せよ」
ソファに深く沈み込み、あの日のパパの声を小声で真似して、すぐテレビの音を小さくする。
で、その後が微妙なのね。
ちょっと上げて、ちょっと下げて。
あくまでリズミカルに、そこそこウザく、カーテンのあちら側にいるママにちゃ~んと聞こえるように。
ちょっと下げて、ちょっと上げて。
どう、こんな感じ、パパ?
う~、中々、うまくいかないぞ。
いくらパパを真似てみても、何か欠けている気がする。
パパなら何て言うかな?
そうそう、重なり合う筈の、アンサンブルのピースが足りない……そんな、意味不明な事を言うんだ、きっと。
ちょっと上げて、ちょっと下げて。
中々、反応が無い。
でも、しばらく繰り返す内、間仕切りの向う側から懐かしい音がした。
金属のペダルが軋む音。
ママがミシン、踏んでる。
ボク、テレビの音を一気に上げて、その分、ママにも強くペダルを踏んでもらおうとした。昔、パパがそうしたみたいにね。
ゴットン、ミシミシ、ガ~タガタ。
あの凄い音、聞かせてよ。
胸に溜まって、引っかかった気持ち、全部音にして、叩き付ければ良いんだよ。
ボク達家族の、久々のアンサンブルがしばらく続いて……
でも、途中からミシンの軋みが消えた。
耳を澄まして、テレビの音を上げ下げして、それでも何も聞こえなくってさ。ボク、テレビの音を消し、じっと耳を澄ました。
聞こえたよ、小さな音が。
声を押し殺して、ママが泣く苦しそうな息づかい。
もう一度、テレビの音量を上げる。
台所の音……あの泣き声が聞こえないギリギリまで上げて、ふっとボクも一緒に泣けたら良いのに、って思った。
ママのスイッチは押せたけど、ボクの心の中のスイッチは、まだ何処にあるかわからない。
悲しくないんだよ、まだ。
その事が、すごく辛い。
やり方を探さなきゃ、心のスイッチを押す僕だけの何か……もう子供ではいられないから。
「あのな、大人には時として、儀式って奴が必要なんだ」
テレビのリモコンを握りしめ、ミシンの音を待つボクの耳元で、あの日のパパの声が囁いた。
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