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「こう見えてもさ、オレ、敏腕営業なのよ。きれーな受付のおねーさんがいる企業を訪問したりしてさ。ちょっと、想像してみてよ。その企業を訪問した営業マンが、ポップな紙袋をドヤ顔で持ってる図を!」
ぶはぁっっ!!!
想像したら可笑しくて、盛大に吹いた。
私が今朝持っていた袋は、女性用下着ショップの紙袋だった。
明るいオレンジの可愛い色合いに、ビニールコーティングもかけられて丈夫だったので水筒やランチを入れるのに使っていた。
香取くんが紙袋をくれと言った時、私は一瞬躊躇した。
けれどもまぁ、資料を運ぶだけだろうと簡単に思って渡してしまったことが香取くんが怒る今回の原因。
件の紙袋は女性が見れば一目で分かる、下着ショップのロゴがついている紙袋だった。
来社した自称敏腕営業マンが、なぜか女性用下着ショップの紙袋を下げてドヤ顔で立っている。
相手側の企業担当者や受付のきれーなおねーさんはさぞや困惑したことだろう。
想像すると笑いが止まらなくなり、窒息するかと思うぐらい笑った。
「そ、それは大変だったね……。それでどこで気づいたの?」
笑い混じりの私を睨んで、香取くんが答えた。
「相手側の可愛い担当者さんが教えてくれたんだよ。奥さま、そのショップがお好きなんですか?って。知らないから適当に、あぁ、はい、なんて答えちゃってさ。仲がよろしいんですね、とか言われちゃったぜ」
あぁ、やっぱりね。この年だと結婚してるよね。
結婚していないのは私くらいか。仲間かと思ったのだけどな。
私は笑顔を消さないように気をつけながら尋ねた。
「香取くん、ご結婚されてるの?」
香取くんは頷いた。
「もう5年になるかな。先日離婚届を置いて出ていったけど」
あまりにもサラリと言われたので、一瞬聞き逃した。そしてむせた。
ゴホゴホしている私に、おしぼりを差し出して呆れた様に言う。
「むせる事かね? まだ離婚もしてないし。それで? そっちは? 彼氏と仲良く歩いてるの見たことあるよ。苗字が茅野ってことはさ、まだ結婚してないんだろ? それとも事実婚? 夫婦別姓?」
香取くんの質問に少し黙って答えた。
「彼氏だよ。昨日別れたから元カレ」
香取くんは残っていたビールを飲み干した。
私もつられて、勢いよくビールを飲み干す。
「次、何飲む? オレ、ハイボール」
「ジントニック」
私たちは胸の内を隠し、注文しては飲み干した。
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