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「あと一回って言ったところで、やっぱり上手くいかないもんだな」  私は、香取くんの背中を思い切り叩いた。 「まだあと一回にも到達してないじゃない。落ち込むのはチャンスに到達し、失敗してからでしょう」  そう言うと香取くんが驚いた表情で呟いた。 「さすが。お一人もんは人生の猛者、って感じがするね。逞しいものだな」  感心する香取くんと苦笑いする私。  あと一回。  胸の内で呟いてみる。  自分にもあと一回のチャンスがあるのだろうか。  いや、ないな。  何度も自問自答して出した回答。  目の前で落ち込んでいる香取くんが、無性に羨ましい。 「茅野も、素直になって甘えればいいのに」  落ち込んでいたと思ったら、唐突に私を諭し始めた。 「あと一回、って覚悟が詰まった言葉だよね。もう後がない、みたいな。だけど聞かされる方はうんざりするのかな。そんな事を言っても出来ないでしょ、って」  ハハハと乾いた声で笑った香取くんが、私をまっすぐに見つめる。 「今、オレは奥さんから『お断り』と、言われた。きっと嫌だったんだろうな。奥さんの心は、変わらないかも知れない、けど。オレはあと一回のチャンスを必ず得る!」    香取くんの言葉を聞いて、思わず吹き出した。  カッコよく言っているけれど、結局、やり直すための言い訳に聞こえたから。  問題はそこじゃない気がするけれど。  とっかかりは必要だものね。  夫婦っていいね。  喧嘩しても、繋がりを感じる。  恋人だと切れた凧のように、ゆらりふわり。  持ち手に戻ることはない。  普段は思わないのに、無性に羨ましくなった。  これも杯を重ねたアルコールのせいだろうか。  きっと、やり直せるよ。  そう思ったけれど、香取くんには言わない。  軽く彼の腕を2回、叩いた。
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