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「ねぇ、頼む! 茅野さぁん。あと一回、あと一回だけ。ねぇ!」
上司の大声がオフィスに響く。
どうやら休日出勤の人数がまた足りないようだ。
私はニヤリとした。
「あと一回、って何回続くんですかねぇ? まさか無料で代わって貰えると思っていませんよねぇ?」
何かの番組で見たイヤミキャラ上司のように言ってる。
上司はみるみる黙り、その様子を見たら、スッキリした。
「いいですよ。出ます」
アッサリ承諾した私に、曖昧な笑顔を浮かべる上司。
「う、うん。茅野くんはお一人様だから、頼みやすくて」
「いえ、私がお一人様だからではなく、私だから頼んでいるんですよね。お一人様なら他にもいるし。なんなら上司のあなたが、たまには出勤するとかもアリではないですか?」
言い返されてしどろもどろになった上司は、言い訳をしながらそそくさと私から離れていった。
こちらを見ながら他の人にヒソヒソ話をしている。
それでもいい。
私は決めたのだ。
理不尽な依頼や物言いに我慢しない、と。
お一人もんは、強く、逞しく進んで行く。
人生にあと一回、なんてやり直しはないから。
「だからあなたはダメなんですよ。そこはお礼こそ言え批判じゃないでしょ」
遠くのデスクから声がした。
上司が話しかけていた人が、上司に向かって言い放ち、こちらに歩いてくる。
見構える私にその人は軽く頭を下げた。
「茅野さん、いつもお気遣いありがとうございます。次回は僕も代わります」
そんな風に言われると思ってもみなくて驚いた。
笑顔を浮かべたその人は、自分の席に戻っていく。
同時にブブブ、とスマホが振動した。
開いてみると、香取くんからメッセージ。
大きなピースサインのスタンプが画面いっぱいに広がった。
あぁ、奥さんと上手く行ったんだ。
良かったね。
世の中にはたくさんの「あと一回」の願い事があって。
それは叶わない、と私が思い込んでいただけで。
「あと一回」のチャンスを掴んで願いを叶えている人も大勢いるのかも知れない。
私も、あと一回のチャンスを掴んでみようかな。
そう思ったところで、スマホがまた振動した。
香取くんかな、もう上手く行ったのは分かったよ。
そう思いながら画面を見ると、元、彼の名前。
一言、メッセージが届いた。
「もう一度、話し合おう」
いつの間にか、私にも「あと一回」のチャンスが巡ってきたようだ。
〈了〉
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