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 茅野 亜伊子(かやの あいこ)、三十二歳。  勤続年数、十年。気づけばお局と呼ばれている。 「先輩、私、結婚することになりましたぁ♡」  何人の後輩を見送ったことだろう。  更に気づくと、「結婚報告するの、悪いかなぁ?」 などと気づかわれている始末。  後悔はしていない。自分で選んだ道だから。  ご祝儀いくら包もうかな、と悩むだけ。  今まで、恋愛をしてこなかった訳ではなかった。  学生時代は先輩と。社会人になってからは同期や趣味を通じて知り合った人と。  そして、今付き合っている人。  結婚の話が出なかった訳でもないけれど。色々な問題や環境、条件が重なってなんとなく、一人で生きてきた。これからも一人で生きていくのだろうな、と思う。 「結婚できないのはね、人として欠けている証拠。社会人たるもの、家庭を持ってナンボだよ。茅野(かやの)さんもね、早く結婚しなさいよ。人として腐るよ。精神的にも物理的にもね」  偏見に満ちた上司の言葉。  心配半分、愉悦半分に言っているようだ。  返事をする気力もないまま、話しを聞き流していると、愛想がないと言われる。  自分の意見だけが正しいと思っている上司は厄介だ。  なのに、休日出勤日などはいいように使われる。 「家族ないでしょ。お気楽独り身だもんね。みんな家族があるからさぁ、休日は君が出てよ」  独り身だと予定がないとでも思っているかのような口ぶり。  代りの休みは貰えるのだからいいでしょ、と言わんばかりの圧。  独り身だって、予定はあるんだぞ。  せっかく恋人と過ごせるチャンスなんだぞ。  バカヤローーー! くそったれーーー!  とは、思うものの。 「子供が……」と言われてしまうと抗えない。  まぁね。  お子さん優先ですよね。  でもね、たまにはお独り様も気遣って欲しいんですよ。数回に一度でいいから。  などと内心ブツブツ。  我ながら器が小さいな。 「え? 今度の休日は一緒に出かけようって随分前に約束しなかった? あと一回だけって約束で、休日出勤交代したんだよね?」  穏やかな彼も少々不満気味。 「皆ご家庭があるから仕方ないんだよ」 「そこが君の優しいところでもあるけどさ。ちょっと舐められてない?」    彼の言葉が胸に刺さる。  良い人でいたい訳ではないけれど。  それぞれ家庭の事情は違うし。いい大人が喧嘩しても仕方ない。  結局私は、仕事もプライベートもどっちつかず。  だからこそ、一人でフラフラ生きているのだろうな。
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