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第10話 帰巣
「おや?」
巣穴の近くで作業をしていた1匹のアリが、アントン達の姿に気が付きました。
「おい! お前……アントンじゃねぇか!?」
その声に反応した何匹かが振り返り、アントン達の姿を確認しています。
アントンは巣穴仲間の声を聞くと一瞬、身体を 硬直させました。リンはそれを解きほぐすように、優しくアントンの肩に手を載せます。
「……さ、アントン。もう皆が気づいたわよ……。そろそろ行きなさい」
巣穴近くまでやってきた3人でしたが、アントンの決心がなかなかつかず、しばらく名残を惜しんでいました。でも、もう時間切れです。
「よし! アントン。まずはちゃんとスタートラインに立って来い! 父ちゃん、母ちゃんに、自分の中にある思いをキッチリ表現して……それから巣立って来い。いいな?」
ギリィはそう言うと、アントンの背を押し出しました。リンの手が肩から離れ、2人との距離が数歩開くと、アントンは泣きそうな顔で振り返ります。
「……待ってて……下さいね」
「ああ! 待ってるぜ!」
「センニチコウの森で約束した場所にいるわ」
アントンは2人から背中を押され続けるように、ゆっくり巣穴へ向かい歩き出しました。何度も何度も振り返ります。その度にギリィとリンは手を振りました。
やがて、アントンの姿はたくさんのアリ達の輪の中に消えていきました。
「……よし! 大人の責任を果たしたぜ!」
ギリィはふざけた調子でそう言うと、大きく伸びをしました。
「……どうするの?」
リンは色々な思いを抱えながらも、一言だけギリィに尋ねます。ギリィは頭を掻きました。
「……戻るに決まってんだろ? 俺達のホームグラウンドに……」
「あの子は?」
「……住む世界が違い過ぎらぁ。……もう、出て来やしねぇよ……一度群れに戻ればよぉ」
ギリィはアリの巣穴に背を向けると、 大袈裟に身体をほぐし始めます。リンはアリ達がアントンを巣穴に連れ帰ったのを確認するとギリィのそばに寄り、そっと肩に手を置きました。
「……アンタの涙なんか……初めて見たわ」
「ウッセェ!」
2人はゆっくり歩き始めます。センニチコウの森とは逆方向の草原を目指して……
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