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第14話 最高のステージ
「おお坊主! すっかり顔の 腫れも引いたじゃねぇか!」
カナブンのブンがドラムスティックを器用に回しながら言いました。ベースのチューニングをしていたコオロギのロギーも、笑顔をアントンに向けて声をかけます。
「リン 姐さんから付きっきりで 看病してもらってたんだってぇ?」
「はい。ご心配おかけしました。もうすっかり元気です!」
アントンは照れ臭そうに笑顔を浮かべ、全身で回復をアピールしました。
「ほらほら、さっさと奥に行きなよ」
リンが両手一杯に食べ物を抱え、アントンの後ろからやって来ました。アントンはその荷物に頭を押されながら前進します。
「お、 姐さん。おはようございます! それは差し入れっスか?」
ロギーはベースから離れると、リンに近づき荷物を受け取ります。そのまま石のテーブルまで運び、リンに尋ねました。
「ギリィさんとテン子ちゃんは……まだですか?」
「うーん……どうだろうねぇ? 昼過ぎに出てったきりだから……」
リンはストレッチを始めながら答えました。代わりにアントンが答えます。
「夕方には戻れるだろうって言ってましたよ」
「夕方ねぇ……」
ブンは 濃い茜色に 染まった空を見上げ、苦笑いを浮かべます。
「もう『昼の終わり』じゃなく『夜の始まり』だぜ? ちと 遅くねぇか?」
「…… 交渉がこじれてんすかねぇ?」
ロギーが心配そうに言いました。
「秋野原ステージのメインは、競争率も高い上に次元の高いクオリティが求められっからなぁ……ま、俺たちのクオリティにゃ問題はねぇだろうから……後はクジ運か?」
ブンはそう言うと、スネアでドラムロールを打ち始めます。
ダラララララ……シャン!
最後にシンバルを叩くと、スティックで草林を指しました。いつの間にかギリィとテン子がそこに立っています。
「あら? お帰りギリィ、テン子……どうしたの2人とも……」
ギリィとテン子はうつむいたまま立ち尽くしています。
「ギリィさん……」
様子がおかしい2人に気付いたアントンは、ドキドキしながらギリィの名を呼びました。2人は少しずつ身を震わせ顔を上げます。その表情は……
「……クックッ……だァーっはっは! やったぜー!」
「みんなー! 獲ったわよメインステージ! ウチらがこの秋の主役よー!」
ギリィもテン子も大ハシャギです。
「……メインって……ちょっとぉー!」
リンは2人からの 報告に 驚き、ふざけた小芝居に怒り、そして……最高のステージを獲れたことに喜び叫びました。ロギーもブンも絶叫を上げます。アントンも……ギリィとリンから聞いていた「全ての音楽家たちの 憧れのステージ」への道が開けた事を心から喜びました。
「この喜び、どんな曲にのせますかぁ?」
テン子は早速キーボードの 鍵盤をサッと撫で弾くと、コードキーを叩いて遊び鳴らし始めました。その流れに合わせ、ブンがバスドラムとシンバルで誘いのリズムを打ち始めます。ロギーもベースの弦を弾き始めました。
「よし! アントン、リン! 乗り遅れんなよぉ……いくぜ!」
ギリィがバイオリンをつかみ備えた瞬間、全員は息ピッタリにブレイクを決めます。その一瞬の無音状態から、今度はバイオリンの激しい音色をメインとした 旋律が奏でられる曲につながりました。
「さ、アントン! あたし達も……」
リンはカスタネットを二組の両手にはめ、手拍子を打ちながら踊り始めます。アントンも軽快なタップダンスで中央に踊り出ました。
「やったぜ! メインステージだー!」
「サイコー!」
メンバー全員が、心の中に在る思いをそれぞれの形に乗せて表します。アントンも踊り続けました。足が動かなくなるまでタップを踏み続け、手拍子を打ち、今、この時間が永遠に続けば良いのにと嬉しくなりました。
ああ! なんて素敵な時間、なんて最高な夜だろう!
秋野原ステージのメイングループに選ばれた夜、ギリィ達のバンドはいつまでもいつまでも、心の中に湧き上がる大歓声のような喜びを、それぞれの楽器と踊りに乗せて奏で続けました。
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