16人が本棚に入れています
本棚に追加
第9話 それぞれの音色
さらに数日が経ちました。アントンはリンからタップダンスを教わり始めています。ギリィもリンも、練習に 励むアントンの姿を心の底から嬉しそうに見守り、曲を 奏で、一緒にタップで踊りました。
「……このペースなら、明日の昼には巣穴に帰れそうよ?」
練習後の汗ばむ肌に、心地良い風が吹く昼下がりの草原……リンは意を決したように口を開きました。バイオリンを 磨いていたギリィの手がピタリと止まります。アントンは驚いたような顔をリンに向けました。
「え?」
「あんたの巣穴ちかくまで戻って来たって言ったの。あたし達の草原にさ!」
ギリィは再びバイオリンを磨き始めます。アントンはしばらくうつむき考えた後、口を開きました。
「……僕……ギリィさん達と一緒にいちゃ……ダメですか?」
リンはアントンからの希望を聞くと、顔を上げて笑顔を向けました。しかし……
「……ダメだ」
バイオリンを磨く手を止めずに、ギリィが即座に答えます。リンの顔からは笑顔が薄れ、寂しそうな微笑でうつむくと目を閉じました。
「どうしてですか! 僕……やっぱり音楽が出来ないから……」
「バーカ!」
顔を赤らめ、抗議の声を上げようとしたアントンを押さえるように、ギリィは笑いながら 応えます。
「お前ぇさんを 親御さんの巣に連れ帰るってのが俺達『大人』の責任ってヤツなんだよ。今のまんま連れ回したりしちゃ、俺たちゃ『 誘拐犯』になっちまうじゃねぇか?」
「……そうよ、アントン。お父さんやお母さんだって心配してるわよ。とにかく、元気な姿を見せて上げないと……ね?」
リンも笑顔を作って語りかけます。
「……僕は……ギリィさんとリンさんの……この楽団のメンバーになりたいんです! ずっと一緒にいたいんです!」
アントンは涙を 堪えて必死に訴えました。ギリィとリンは顔を見合わせます。ギリィはフッと笑うと、雰囲気を変えるいつもの元気な声で応じました。
「今さら何言ってやがんだよ! お前ぇはとっくにウチのメンバーだっつうの!……ま、でもこのままじゃ『仮』のまんまだ。だから早いとこ父ちゃん母ちゃんに会ってよ、キッチリ心ん中の自分の思いを伝えて来いよ!」
「そうそう! 今のままじゃ川で流されてるのと同じよ。たまたま同じ葉っぱに乗ってるだけ。あんたも……自分の足でしっかり歩かなきゃ、あたしらに付いて来れないよ!」
ギリィとリンは何かが吹っ切れたような、スッキリとした笑顔でアントンに語りかけます。
2人から受け入れてもらえてる……認めてくれている!
その雰囲気を感じたアントンは嬉しくって嬉しくって、堪えていた涙を一気に流しながら泣き出しました。
「はい! 僕……ちゃんと……父さん達に自分の気持ちを伝えて来ます! そしたら……『仮』じゃなくて……本当に正式なメンバーにしてくれますか!」
泣きじゃくりながらも、自分の気持ちを真っ直ぐに訴えるアントンの声が草原に響きます。
「最高の音色じゃねぇか……」
リンの胸元に顔を埋めているアントンを見つめながら、ギリィは嬉しそうに微笑み呟きました。
最初のコメントを投稿しよう!