第9話 それぞれの音色

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第9話 それぞれの音色

 さらに数日が経ちました。アントンはリンからタップダンスを教わり始めています。ギリィもリンも、練習に (はげ)むアントンの姿を心の底から嬉しそうに見守り、曲を (かな)で、一緒にタップで踊りました。 71622a6c-b50b-4dc8-9e86-c6be2229fa9a 「……このペースなら、明日の昼には巣穴に帰れそうよ?」  練習後の汗ばむ肌に、心地良い風が吹く昼下がりの草原……リンは意を決したように口を開きました。バイオリンを (みが)いていたギリィの手がピタリと止まります。アントンは驚いたような顔をリンに向けました。 「え?」 「あんたの巣穴ちかくまで戻って来たって言ったの。あたし達の草原にさ!」  ギリィは再びバイオリンを磨き始めます。アントンはしばらくうつむき考えた後、口を開きました。 「……僕……ギリィさん達と一緒にいちゃ……ダメですか?」  リンはアントンからの希望を聞くと、顔を上げて笑顔を向けました。しかし…… 「……ダメだ」  バイオリンを磨く手を止めずに、ギリィが即座に答えます。リンの顔からは笑顔が薄れ、寂しそうな微笑でうつむくと目を閉じました。 「どうしてですか! 僕……やっぱり音楽が出来ないから……」 「バーカ!」  顔を赤らめ、抗議の声を上げようとしたアントンを押さえるように、ギリィは笑いながら (こた)えます。 「お前ぇさんを 親御(おやご)さんの巣に連れ帰るってのが俺達『大人』の責任ってヤツなんだよ。今のまんま連れ回したりしちゃ、俺たちゃ『 誘拐犯(ゆうかいはん)』になっちまうじゃねぇか?」 「……そうよ、アントン。お父さんやお母さんだって心配してるわよ。とにかく、元気な姿を見せて上げないと……ね?」  リンも笑顔を作って語りかけます。 「……僕は……ギリィさんとリンさんの……この楽団のメンバーになりたいんです! ずっと一緒にいたいんです!」  アントンは涙を (こら)えて必死に(うった)えました。ギリィとリンは顔を見合わせます。ギリィはフッと笑うと、雰囲気を変えるいつもの元気な声で応じました。 「今さら何言ってやがんだよ! お前ぇはとっくにウチのメンバーだっつうの!……ま、でもこのままじゃ『仮』のまんまだ。だから早いとこ父ちゃん母ちゃんに会ってよ、キッチリ心ん中の自分の思いを伝えて来いよ!」 「そうそう! 今のままじゃ川で流されてるのと同じよ。たまたま同じ葉っぱに乗ってるだけ。あんたも……自分の足でしっかり歩かなきゃ、あたしらに付いて来れないよ!」  ギリィとリンは何かが吹っ切れたような、スッキリとした笑顔でアントンに語りかけます。  2人から受け入れてもらえてる……認めてくれている!   その雰囲気を感じたアントンは嬉しくって嬉しくって、堪えていた涙を一気に流しながら泣き出しました。 「はい! 僕……ちゃんと……父さん達に自分の気持ちを伝えて来ます! そしたら……『仮』じゃなくて……本当に正式なメンバーにしてくれますか!」  泣きじゃくりながらも、自分の気持ちを真っ直ぐに訴えるアントンの声が草原に響きます。 「最高の音色じゃねぇか……」  リンの胸元に顔を埋めているアントンを見つめながら、ギリィは嬉しそうに微笑み呟きました。
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