1-1 追憶

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 紫電の瞳は、虚空を見つめていた。  瞬きすらせず心をどこかに置き去りにしたように、淡々と映る景色だけを瞳に宿す様は、まるで無機質な人形を思わせた。  絹糸のように細く癖のない白銀の髪。宝玉のような紫の瞳。肌は透けるように白く、その為唇の桜色が艶やかに映えている。女とも見紛うような中性的な美貌の持ち主だが、細身ながらにしなやかな筋肉を帯びた肢体は確かに青年のものだと分かる。  百を超える多人数が詰め込まれた空間に()いても、その人の周りだけが明らかに空気が違っていた。  モーセの海割りの如く、人波がその人を遠巻きに不自然な間隔を空けている。だから、自然とそこに目が行ったのだ。  当の本人は集う視線にもざわめく周囲にも全く我関せずの様子で、外界から一人だけ隔絶されたような超然とした存在感を放っていた。  長い睫毛が影を落とす。その憂いを帯びた横顔が、妙に気に掛かった。  何故だろうか。全てを諦めたような――そんな目をしていたからだ。  不意に、ぷつんと微かな異音が耳を衝いた。
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