16人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
素手で扉を叩く者。体当たりする者。悲鳴と怒号と助けを乞う幾つもの声がとぐろを巻き、出口の無い空間に滞留しては犇めき合う。ほんの数分前までは自分達と同じ境遇だった仲間が、牙を剝いて仲間の血肉を喰らう。そうして命尽きた者までが、程なくして起き上がるや同じように他者に襲い掛かった。
――地獄だ。私達は今、地獄の釜の中に居る。
あまりの光景に、私は逃げることもせず呆然と立ち尽くしていた。目の前の現実が、まるで遠い世界の出来事のように思えた。
しかし、それは確かに実際に起きていて、私だけを置き去りにするようなことはなかったのだ。
不意に、眩暈を覚えた。世界がぐるりと回転するような凄まじい酩酊感。堪らず嘔吐し、たたらを踏む。しまいには留まれずに頽れた。
それは心因性のものではなく、紛れもなく私の肉体が変調を来した表れだった。遂に、私の番が来たのだ。
画面の男の声だけが何事もないように淀みなく説明を続けていた。
最初のコメントを投稿しよう!