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0-1 兆候
「ねぇ、アイちゃん。もし、俺が居なくなったらどうする?」
ツヴァイがそんなことを言い出したのは、出逢ってから五度目の春を迎えた頃だった。
桜が咲いていた。夜闇にぼんやりと浮かび上がる、淡いピンクの花霞。微かな甘い香りと、濃い水の匂い。中央を流れる川の黒い水面に、映し出された鏡像が無限に広がる花のトンネルを描く。
間隙から覗く黄金の月明かりの中、ツヴァイはいつものように笑っていた。悪戯っぽい猫のような、人を食った笑みで。
「アイちゃんではない。アインスだ」
「はいはい、アイちゃん」
「……お前な」
すっかりお定まりになってしまったやり取りの後、私は溜息を零した。内心、少し動揺していた。先程のツヴァイの質問の意図が読めなかったからだ。
「もし、俺が居なくなったら」――か。何故、そんなことを訊く?
「夜桜が見たい」そう言って私をここまで連れ出してきたのも、ツヴァイだった。「いつ見られなくなるか分からないから」……そんな風に主張して。
確かに桜はすぐに散ってしまうから、見られる時に見ておくのが一番だろうとは思ったが、ツヴァイの言いたいのはそういうことではないのかもしれない。
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