0-2 君には、教えてあげない。

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0-2 君には、教えてあげない。

 くすんだ窓ガラスから見る朝日は、それでも美しかった。  黎明(れいめい)の藤色を裂くように、光の球体が昇る。金色に染まる地平線、朱く燃える雲海。四角く切り取られた朝焼けの空。 「良い朝だ」  吸血鬼の弱点が陽光だなんて誰が言ったのだろう。ゾンビが白昼堂々と出歩くのと同じように、その光は俺にとって何ら脅威になることはない。それどころか、見ているだけでこんなにも心を揺さぶられることに自分でも意外に思った。  差し込む光がキラキラと、空気中に漂う(ちり)を宝石のように煌めかせている。照らし出されたのは、煤けた壁、散乱する瓦礫、堆積する埃の塊。幾年もの間、誰からも手入れをされず風化するに任せて放置されていた廃ビルの一室だ。  そこに比較的綺麗な状態で残されていたソファに腰掛けて、俺は窓の外を眺めていた。  同上のローテーブルの上、カセットコンロで沸かしたやかんの湯をカップに注ぐ。(とび)色の粉末が溶け出すと、すぐに芳醇な香りが辺りに広がった。  こんな爽やかな朝はコーヒーが飲みたくなる。その苦味とカフェインで、寝惚けた身体に一日の始まりを知らせるのだ。
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