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第一部 モブ ミーツ プリンス 私は死んだ、はず?
初恋相手は小説の中の人、だった。
だから私は現実社会で恋が出来なかったのかもしれない。
だって夢みたいな相手は現実にはいないし、現実にいたところで手が届かない夢みたいな人でしかない。
私みたいなその他大勢の一人を見るわけは無い、でしょ。
でも私が不幸だったわけでもない。
諦めていたわけでもない。
夢みたいな人でなくても、私自身を見つめて私こそ彼を知りたいって思うような、そんな相手に出会えるかもって夢見てたのよ。
それにほら、素敵な彼が出てくる新しい作品は、次から次へと生まれて来るでしょ。
本の世界にのめり込めたら、寂しい夜長、なんて無かったのよ。
ちょっと虚しさはあるかも、だけど。
そう。
何が言いたいのかというと、私はそれほど自分の人生に後悔などしていないし、終わりがあっても悲しくないのよ、ということ。
いいえ。
終わりこそ望んでいるかもしれない。
だって今の私は、病院のベッドで寝たきりという傷病者だもの。
今は読みたくても指一本動かせないから、何度も読み返した物語を思い出し、大好きだった彼と頭の中でお喋りをして自分を慰める毎日だ。
実際には存在しないどころか、物語の中で死んでしまう彼。
十代のきらめきそのもののような彼が大好きだった。
「自転車に轢かれて植物人間、か。こーんな未来があると分かっていたら、せめて手を握ってくれる人ぐらい見つけていた、かもな」
年老いた両親には、私という娘の死はきついだろうか。
大丈夫。
孫を産んでくれた妹がいる。
きっと大丈夫。
私の命をモニターしていた機械が私の死を告げる音を立てた事に、私はようやく終われるとほっとしながら最後の吐息を吐いた。
これでようやく楽になれる。
天国で彼に会えたらいいな。
ごぼ、ごぼぼ、ごぶ。
ぐふ?
死んだ人間の肺は死んだ人間の血や体液で溺れてしまうのだろうか。
死んでいながら窒息しなければいけない状態に私はもだえ苦しみ、もしかして、死ぬという事は永遠に苦しむ事なのだろうかと恐怖した。
ああ!嫌だ!
古いゾンビ映画みたいに、楽になるために私は生きている人間を齧らなきゃ、なの?
ぐぐっと、胸を強く押された。
これは蘇生マッサージ?
私はまだ生きていた?
温かくて柔らかいものが私の唇を塞ぎ、私の中に温かい空気を送って来た。
溺れかけている私は、与えられたその空気にしがみ付くようにして意識を集中させる。
すると、気圧差で水が噴き出してしまうように、沸騰した湯が零れるようにして、私の喉から私を溺れさせていた水が噴き出した。
げほ、げほ、げほ。
苦しいが、私は少し、いや、とてつもなく嬉しかった。
咳をしている、咳が出せている!!
これは苦しくとも自分に生きていると思わせてくれる、素晴らしき体の反応なのだ。
痰を吐きだしたくても吐きだせない、あれはとっても苦しくて辛かった。
どうやら私は再び蘇生してしまったようだが、ついさっきの身体の状態よりも良くなっている?
私への介護でどんどんと老けていくだけの母に申し訳ないと思いながら、それでも生きていられる事に感謝しながら瞼を開けた。
「良かった。ああ、良かった」
私を蘇生してくれた医者は、白衣など着ていなかった。
服さえも着ていない。
日に焼けた肌にぷつっと形のいい乳首のある、鍛えられているがまだまだ若い十代の肉体。
焦げ茶色の髪はところどころが色が抜けてまだらだが、これは若い彼の若き日の過ち的な脱色行為によるものだろう。
いや、綺麗なダークグリーンの瞳をしているのだから、これは人種的なものか?
いやいやいや。
彫が浅すぎず深すぎず、という、ゲームキャラか写実的なイラストで描かれる美形そのものの顔をしているという若者だ。
この半裸という姿からして天使様に違いない!
ビバ天国!
何も為していない人生だったが、私は悪いことだって何一つしていないのをちゃんと神様は見ていてくれた!!
「おお!ミュゼ!ああ、ありがとう、君!ああ、娘を助けてくれてありがとう!!」
私が天使に声を掛ける所で、灰色な男が私を娘と言った。
誰?
その中年男は、鼠みたいな灰色の髪をしている西洋人っぽい外見で、おまけに、私より十歳程度年上程度の年齢ではないか。
顔の造りは悪くはないが特徴も無さすぎて、残念ながら、薄ぼんやりという表現がぴったりくる、ゲーム世界ではモブそのもの。
そのモブは私を大事そうに抱き起し、私の頭をよしよしと撫でた。
あれ?
見知らぬ男に抱きしめられてよしよしされて、キモいと感じるどころか、私の中で彼をパパと呼んで抱きつく思い出が再生されたぞ?
ええ?
「ああ、良かった私達の大事なミュゼ。ありがとう、ロラン君」
ロラン、くん?
ところどころが金髪の焦げ茶色の髪に、エメラルドの瞳のハンサム?
意志の強そうな焦げ茶色の眉毛は彼の髪色と同じだが、彼の髪は彼の輝きを表現しようという風に、ところどころに金色のメッシュが入っている。
焦げ茶色の睫毛の先が金色なんだから、この不思議な髪色は彼が神様からギフテッドされたってものなのね!!
ああ、素敵、あたしのロラン。
私の脳内に私の大嫌いな主人公によるナレーション文字が浮かんだ。
あたしのロラン。
私を助けてくれたこの美青年は、私の初恋の彼、少女小説のあの方と同じ名前?
状況がつかめず、私はアワアワとするしかない。
そんな私に対し、私が昔読んだ本の登場人物の外見ぷらす同名の天使は、にっこりと微笑んだ。
その笑顔、魂抜けます。
「御礼は学食で奢ってくれればいいよ。スペシャルランチを」
え?学食?
私は自分を見下ろした。
老境に入った女性が着るような、シマシマなレトロな水着を着ていたが、私の身体は張りのある十代の少女のモノだった。
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