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これでお終い、はいやだもの
私の荷物を肩にかけ、まるで私が物凄く大事な彼女の様にして背中を向けたハルトに対し、私の心の中は、感動とか、喜びとか、そんなぽかぽかの気持ちが沸き上がっていたなんて生易しいものでは無かった。
きゃあああ!ハルト様が私の鞄を持っている!
俺のロッカーを一緒に使おうって言ってくれた!
ええ!共有なの!私達共有なんか色々しちゃうの!
アイドル歌手コンサートで目が合ったと騒ぐファンみたいな感情の渦だ!
テンペスト!だ。
「まああ!私ったら虐められる度にあなたに優しくされるって事なのね!あら、まあ!嫌がらせよ、もっといらっしゃいって感じ!」
「ほんっと、馬鹿。ほら、早く来い」
ハルトは真っ赤な照れた顔をしてみせると、少々怒った風にして足早に歩きだして行ってしまった。
私は彼の背中を追いかけながら、夢みたいだな、と思っていた。
大好きな彼に優しくされるなら、ええ、さっきの言葉通り、私の人生はこの先苛め抜かれても構わない。
でも、大好きな人の背中を見つめているうちに、この優しい彼が私へのいじめに対して心を痛めていないわけは無い、と思い当たった。
私がいじめられ続けるなら、彼は私から手を引く?
小説の中の人だったら、手なんか伸ばせない人だった。
そんな人と私は土曜日に手を繋ぎ合って、恋人みたいにして浜辺を散歩したのでは無いの!
あんなに楽しい事が二度と出来なくなったら?
恋人になれなくても、挨拶できる友人にはなれたのに?
「ハルト。私はこの程度で泣かないし、仕返しだって今考えている。まず、誰がやったか犯人探しからだけど。だから、心配しなくても大丈夫」
ぴたっとハルトの足が止まった。
そして、軍人みたいにしてグルんと綺麗に振り向いた。
軍人みたいだと思ったのは、彼が怒りを露わにしていて、怖い、と私が震えてしまったからであろう。
「君は!俺の心配はご無用って事か?俺はそんなに役立たずに見えるのか!」
「え、いや、その。ぜんっぜん役立たずなんて思っていないよ。あの、その、ええと、その」
「はっきり言えよ」
「俺のせいだって私から離れるのが嫌だなって。あの、頑張りますんで、このまま友達でいてくれますか?」
ハルトは私をぐいっと抱き寄せた。
わあ、静まれ!心臓!
静まるわけ無い。
だって私ったら、男の人に抱きしめられている!
「虐められるのが嫌だって、君の方から離れるかと思った」
「いや。ハルトと友達でいられるなら、もっと虐めてもいいよ、ってさっきも言った通りってか、あれ本気だから。ええと、ごめん」
私を抱き締めていた男は、私の肩でぷっと吹き出した。
私を抱き締める腕の力も強くて、私はハルトが何となく笑っているのでは無くて泣いているような気持ちになって、彼を抱き締めようと手を伸ばした。
そろそろと、抱きしめて嫌がられたらどうしようと脅えながら。
と、友達になったばかりで、抱き返しちゃったら、ひく、よね。
でも、一生に一度のチャンスならば!!
「そうだな。お前にとっての俺は初めての男だもんな」
私の腕は冗談めかした彼の声でピクリとそこで止まり、私は彼に笑顔を見せたまま腕だけは自分の横にさっさと戻した。
抱き締め返すなんておこがましい事は出来ないけれど、私達は悪友だと思える返しぐらいはいいわよね。
「あなたもこの町では、私が初めての女じゃない?って、きゃあ」
転ぶほどじゃないが、私はハルトに突き飛ばされていた。
真っ赤に染まったハルトの怒ったような顔。
「女の子が!下品な言い方をするんじゃありません!」
斜に構えた皮肉そうな男はどこに消えた。
でも私は、こんな普通の彼こそ好きだなと改めて気が付いた。
ああ、私は現実の子供っぽいハルトこそ好きになったのだ、と。
これから確実に失恋するのだろうけれど、今は、今だけはと、怒った足取りでどかどか歩く彼の後ろをついて行った。
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