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この世界の設定
私の名前はミュゼ・ライト。
名前からして本気でモブでしかないわね。
いえ、モブに名前があるだけで喜ぶべきよ!
物語に登場などしないミュゼさんだけどね!
なお、私を助けて下さったあの方、ハルトムート・ロラン様は、な、な、なななんと、間違いなく、私が大好きだった小説の大好きだった彼でいらっしゃった。
小説は魔法世界が舞台というよくある設定のものであったが、少女小説レーベルだけあって物語の軸は恋愛が中心である。
そして、魔法世界だろうがその他大勢のモブは魔法が使えない、それはどんな小説や漫画でも共通している不文律であろう。
つまり、モブでしかない私は魔法が使えない。
反対に重要人物は魔法バリバリだ。
なのに、小説では魔法学校に通われていたはずのロラン様が私に学食を強請るのは、同じ学校に通っているという状況だからである。
おかしいと思ったが、私はすぐに小説の設定を思い出した。
魔法学校ではなく、魔法養成特待生クラス、という設定だった、と。
この世界は高校まで義務教育なので、高校進学時に魔法力検査が義務づけられていて、その結果で魔法を使える人間は強制的に魔法養成特待生クラスに入れられる決まりなのだ。
地元に魔法養成特待生クラスが無ければ、そのクラスがある学校に強制的に転校させられての寮生活となる。
国が学費等々全部支払うしお給料的なお小遣いもあるらしいけれど、十五歳になったばかりの少年少女には、親から離れての寮生活なんてきついのではないだろうか。
それに、一般クラスは三十五人クラスが八組あるのに、彼等はたった一組という同じ面子で三年間過ごさねばならないのだ。
ロランのクラスは二十三人しかいない。
そこで虐めなんかがあったら最悪だろう。
魔法力の殆どない私みたいなモブは、前世の現実社会と同じようにたくさんの同期生や先輩後輩と交友しながら高等部の三年間を過ごせ、卒業すれば働くか大学に行くか、という普通の選択ができる。
なんだか、モブの方がロラン様達よりも幸せに感じる。
「うまい!!」
もう呼び名から様を外した方が良いかな、というぐらいに、ロランがスペシャルランチのハンバーグの一切れを大きく頬張った。
彼は小説の中では恥ずかしがり屋でつっけんどんな人では無かったかしら。
ロランったら、全く物おじしなくてよ?
あ、でも、好きな女の子の前では違うのかな。
私は急に胸がずきっと痛んだ。
モブが主役級のキャラとお食事できるだけでも喜ぶべきで、この先彼が小説の主人公と相思相愛になることこそ応援しなきゃ。
そう思うけれど、応援できない。
私は小説でロランに恋したが、小説の主人公がどうしても好きになれなかったのだもの。
主人公のエルヴァイラ・ローゼンバークは、魔法力というよりもモノを持ち上げるというサイコキネシス?が特化したお方だ。
彼女は小説の中でそんな自分の能力を嘆き、けれど、持ち前の正義感でその力業魔法で困難?というか虐めっ子達を撃退していく。
そんな彼女の理解者が、ハルトムート・ロランなのである。
物事を少し皮肉に見て、ほんの少しだけ人と距離を置いているからか、起きている出来事を正確に見る事が出来る。
だから素晴らしきアドバイスだったり、陰ながら手助けをエルヴァイラにしてあげられるのだろう。
本当は恥ずかしがり屋で照れやすい彼だから、エルヴァイラに憎まれ口を叩き、彼女を常に見守っているから彼女の味方ができた、というだけなのだけれど。
「寮の食事が貧相でいやんなるよ。こっちは俺一人で入れないだろ?今日は本当に助かった。幸せ。ありがとう」
「い、いいえ。いいのよ。助けていただいたお礼ですもの。でも、一人で入れないって、特待生にそんな規制があったの?」
ロランはいたずらっ子風ににやっと微笑む。
そしてほんの少しだけ私に首を伸ばし、私にひそひそ囁いた。
「自主的にそういう事になってる。俺は相手を選ぶんだ」
「え?ええ?」
物怖じしなさすぎない?
恥ずかしがり屋で照れやすいのは、好きな女の子の前だけ?だから?
私の目の前に座っているハルトムートは、私に奢らせたスペシャルランチ、大増量のお子様ランチ風のプレートのピラフをスプーンですくって幸せそうに口に運んだ。
「ん、まい!」
「よかったわね。でも、本当、先週末は助かったわ。命の恩人さん。どうして私があんな危険な場所で溺れちゃったのか分からないけれど」
海岸沿いの町の夏日和だ。
水着を着て海に飛び込むなどいつもの事なのに、私が溺れていたのは海遊禁止の立札もある危険区域だったのである。
あれ?ロランが目を反らした?
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