40人が本棚に入れています
本棚に追加
/195ページ
初恋の君と、約束?
私が溺れていたのは遊泳禁止区域。
地元民の私こそ危険を知っている場所で、自分こそ行きそうにない場所である。
しかし、前世を思い出した時には自分がミュゼであることも忘れていたので、もしかして、私は凄く混乱していたということなのかしら。
はっ!!
私ったら変な行動とかしていた?
自分が恥ずかしい行動をしていたかもしれないと気が付き、私は自分から目を逸らしてランチに夢中な風になったロランに探りを入れることにした。
「あなたはどうして溺れている私に気が付いたのかな、かな?」
あ、むせた。
私は長テーブルのど真ん中にあったお茶のポットを引き寄せると、彼のカップにお茶を継ぎ足す。
「う、うん。どうも。ええと。毎年何人もそこで溺れ死んでいる、じゃない?俺はさ、その謎を解きに行っていたんだ」
謎解き!!
やっぱり小説通りの行動を取るのね!!主要キャラは!!
「ええと、す、すると、都合よく、君がばっしゃーんと飛び込んだ。俺の未来予測能力では、君が水面から顔を出せる確率は0パーセント、だった」
「まああ、私を見守って下さったって事?ありがとう」
「いや、変な鼻歌を歌いながら立ち入り禁止区域に入って行くからさ」
ロランはカップのお茶をごくごくと飲み切ると、私に当たり前のようにして空のカップを差し出した。
私はロランのカップにお茶を注ぐ。
「その鼻歌と海への飛び込み部分、父に黙ってくれていてありがとう」
「同期の情けだよ」
私という意識がカムバックする前のミュゼは、恋に恋する乙女そのものらしき、とっっっっっっても痛い女の子だったみたいだ。
きっと、ほら、あれだ。
小説や漫画で主人公やヒーローが目立つことをすると、目をキラキラさせて褒め称える、というモブキャラであったに違いない。
あの日のミュゼは、きっとその属性そのままに、一人で歩くなと言われている高台をふらふら歩き、私を見つけてくれる人はどこにもいないのね、と乙女な幻想に浸っていたのであろう。
そんな私を獲物として手招くのは、魔法世界にはあってはならない地縛霊。
パッと浮かんだその記憶は、確かにあったミュゼの記憶だ。
「私は変なものを見てた」
ロランは見るからにぎくりと動きを止めた。
そうだ!
小説の中では彼とエルヴァイラは化け物と戦ったりするんだわ!
「黒くてぶよぶよな変なの。それを見た後に記憶が無くて、気が付いたらあなたに助け出されていたんだわ」
ロランは見るからにホっと息を吐いた。
「何かあって?あなたも見たの?あ、もしかして、怖くなったあなたこそ敵前逃亡で岬から海にダイブした、そんな感じ?」
あ、ハンサムな顔を凄く不本意そうに歪めた。
「ろ、ロランさん?」
「いや。君は俺がそんな弱っち君に見えるんだ?」
まあ、何てこと。
人から一歩引いている筈のロラン様のくせに、あからさまに不機嫌な感情を表に出しているじゃないの!
あ、でも、見守るタイプじゃなくて、前に出るタイプだったら、この子は死んじゃわないのかもしれない。
ロランは、前に出ようとするエルヴァイラに恋していたから、身を挺して彼女を守って死ぬ結末なのである。
前に出ようとするエルヴァイラを前に出さない強さがあれば、彼は死なずに、ずっと好きだったエルヴァイラとハッピーでいられるんじゃないの?
何度でも言うけれど、個人的にエルヴァイラは好きじゃなかったんだけど。
私はロランのキレイなエメラルドの瞳を見つめると、化け物退治に行こうか、と彼に囁いていた。
小説と違ってどうでもいい私に対しては地が出せるらしい彼は、にっこりと笑い返して、行こう!と頼もしい台詞を返した。
私には魔法は使えないが、強い風魔法を持っている彼ならば、地縛霊ぐらい平気で吹き飛ばせるはずだ。
そう、男の子の意識改革は、まず自信をつけさせること。
大学で一番のモテ子がそう言っていたじゃないの!
「私こそがあなたを気にかけているって思わせるのがポイントだよ~。信頼関係?ができると引っ張りやすくなるんだ~」
あ、これは信じちゃ駄目なやつか?
でも、自信を持つのは良い事よね。
「あのさ。俺の事、ロランさんじゃなくて、ハルトって呼んでくれる?」
え、ええええ?ハルトムート・ロランさんが、モブな私に愛称で呼べって?
「も、ももも勿論よ。私の事も」
「うん。ライトで」
「いや、そこはミュゼじゃないの?」
ハルトムート・ロラン様、もとい、ハルトはしてやったりの悪戯そうな笑顔でにやっと笑って見せた。
まあ!私ったら何を見誤っているの!
彼は普通にモテキャラだったじゃないの!!
「よろしく。ミュゼ」
「は、はい、こちらこそ。ハルト」
ハルトが私の名前を呼んで、私の手を握ってる?
私はちょっと天にも昇る気持ち、というものを産まれて初めて体験していた。
やっぱ、ここは天国?
最初のコメントを投稿しよう!