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祭りの準備
午前中で終業式が終わると、その日の六時に開催されるダンスパーティ準備に運営委員は大忙しになる。
実際は業者を入れての会場設営なのだが、その業者に指示して動く人間は絶対に必要で、俺は笑顔のまま失敗したと思いながら校内を走り回っていた。
仮面舞踏会を提案したまでは良かった。
ハハハ、俺に運営委員の輝ける腕章を手渡されるとは思っていなかったよ。
畜生、今日は裏方でパーティを楽しむどころじゃない身の上だ。
裏切り者のダレンは手伝うどころか、最愛の人を迎えに行くと消えた。
ニッケは数日前からミュゼの家に逗留しっぱなしで、大丈夫か、と俺が心配するぐらいに寮に戻って来ない。
毎日学校には来ているので大丈夫なはずだと本人は言い切るが、実は俺もダレンも寮を出た特待生の不慮の事故を知っているから怖いのだ。
いや、ニッケだって俺達の会話を盗み聞いて知っているはずなのだ。
「ロラン君。体育館の方に業者さんを案内してくれる?」
茶色の髪に賢そうな青い目をした彼女は、二年生で運営委員長だ。
彼女は俺の提案に一番に乗ってくれ、俺がぼんやりしている間に仮面舞踏会を成立してくれた立役者でもある。
委員長から手渡された管理リストを受け取ると、俺は何かを聞き逃したのかと、急に不安になった。
「何か?」
「いいえ。途中でローゼンバークとダンスしたくなったらいいのよって。あら、どうしてそんな顔をしているの?」
「いえ。俺がローゼンバークと付き合っているなんて、一度もないはずなのに、どうして皆がそんな風に誤解しているのかなって、不思議で」
うわ!
委員長が眉根に凄い皺を寄せて俺を睨みつけたじゃないか!
「何か?」
「いいえ。みんなに見える校舎裏の林でいつも一緒じゃないの」
「いつですか?俺は出来る限りエルヴァイラと一緒にいないようにしているんですよ。それはいつですか?」
「何を言っているの!あんなに堂々と――」
「せんぱーい。幻術って魔法特待生が使える単純な術なんですよ。ほら、俺がへーんしん!」
俺と委員長は口を挟んで来たダレンを見返し、ダレンが俺に変化した事に目を見張ってしまった。
あの偽俺が使った技は、寮に戻った俺やダレンが試してみたが、全く真似できないような高度なものだったはずなのだ。
ぼおん。
ダレンは数秒で俺から彼自身に戻った。
そして、ポンと委員長の肩を叩くと、委員長の耳元に囁いた。
「みんなに伝えて。ロラン君とローゼンバーク君は恋人関係じゃないよって。あれはみんなローゼンバークが起こした幻術の嘘でしかないんだよって」
ダレンの囁き声はダレンのものじゃ無かった。
俺は委員長からダレンの偽物を剥がそうと手を伸ばしたが、俺は遅すぎたようであった。
術に嵌った委員長の目は、ガラス玉の様な輝きになっている。
「ええ、伝えます。皆に伝えます」
「まって、委員長!」
「伝えて来るわ。酷い噂は片付けて来ないとね!」
彼女は走り去り、俺はダレンの偽物の左腕で肩を強く抱かれて、彼の身体に押し付けられるようにして引き寄せられた。
体に触れた感触では、俺よりもダレンに体に近い筋肉質だった。
ダレンは暴漢に襲われてから体を鍛えただけだと、ビーチバレーでぼろ負けした事を涙ながらに語った時に告白したのだ。
「俺は文化部な優男なんだよ。俺の恋人はチェロだ。肺活量と持久力が要求される吹奏楽器じゃないんだ」
ダレンの記憶はどうでもいいが、俺を掴む男からは身を離したい。
「動かない。追いかけない。これは君への謝罪も兼ねているんだからね、素直に受け入れなさいよ」
「素直に?このダンスパーティの日に?よりにもよって?お前が訂正してくれたおかげで、エルヴァイラは今夜追い詰められるな。追い詰められたエルヴァイラは暴走しないか?」
「はあ。俺も疲れちゃったんだよ。俺もミュゼちゃんが良いなあ。あの子を助けるナイトになる方がいいなあって、俺は思ったのさ」
男はふうっと息を吐くと、まるで帽子を脱ぐようにして右手を自分の顔に当てて、そのまま樹脂製らしい半透明な面を顔から取り除いた。
素顔を見せたそいつに、その素顔のまま動いていればいいじゃないかと、俺は思わず詰ってやりそうになった。
俺よりも十歳近く年上のその男は、誰もが見惚れる様な顔の造形をしていたのである。
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