40人が本棚に入れています
本棚に追加
/195ページ
主人公さまって
私達が座るテーブル席のすぐ横に仁王立ちしている影は、私が昔読んだ本の表紙絵そのものの、少しゴシックロリータが入った水色のドレスを着ていた。
う~ん。
同じ世界で同じ系統の服ばかりな中、私はこの派手派手さが無い服を出来る限り選んで着ているが、今日みたいな日にはちゃんと派手なのを着るべきだったかしら?
自分の服を見下ろして、無地のベージュ色のコクーンワンピが、自分を埴輪になったような気持ちにさせた。
だって私の顔は、この目の前の少女に比べたら、モブのモブよ?
エルヴァイラはやっぱり主人公エルヴァイラだった。
真黒で豊な髪は腰まであるぐらいに長いストレートだが、毛先十センチだけ縦ロールになっているという羨ましいぐらいな可愛らしさだ。
ついでに大きな目は金色に輝く薄い褐色で、整った顔立ちから猫みたいだなと瞬間的に思った。
なんていう美少女。
だがしかし、私は主人公に対して出会えたと喜ぶどころか、ハルトとのせっかくのひと時を壊された、とそればかりだった。
だから私は一瞬でエルヴァイラが嫌いになったのである。
嘘です。
大好きなハルトが好きになる女の子として、こいつはちょっとな、と、元々嫌いだったキャラクターです。
それなのにしつこく何冊も続巻を買っていたのは、ハルト!あなたの成長とか、あなたの登場シーンが読みたいだけだったのよ!
「あの、ライトさん?」
「あ、ごめんなさい。あら、ここはどこ。今一瞬、私の意識がこの世のものでない何かに誘拐されてしまっていたようです」
ぶふっ。
あ、ハルトが吹き出して姿を消した!
わあ、初恋の人を大爆笑させられたわ、私。
で、今の私には邪魔なエルヴァイラを改めて見返せば、彼女は自分のスカート、この世界ではおしゃれ服になるであろうペチコートを何枚も重ねて膨らませた膝丈スカートを両手でぎゅっと掴んでいた。
私の胸が少し痛んだ。
だって彼女は、二人掛けのソファ席に転がって大笑いしているハルトを、それはせつなそうな目で見ているのだもの。
――あたし、びっくりしちゃった。
彼があたしに声を掛けてくるなんて思わなかったの。
だって、彼はハルトムート・ロランよ。魔法力がずば抜けて高いだけでなく、一般学生の勉強する数学や物理だって得意な優等生。それどころか、神様に愛されたって、そんな言葉がしっくりくるぐらいに綺麗な顔立ちをした、あのハルトムート・ロラン様が、あたしをずっと見ていたって言って来たのよ?
エルヴァイラがハルトに初めて声を掛けられた時、彼女はかなりドキドキ胸を高鳴らせながらこんなことを述懐するのである。
そう、小説ではエルヴァイラこそハルトを好きだった。
なのにこの二人がなかなか付き合えなかった理由が、エルヴァイラには彼の好意が友情としか思えずにいた、というところだ。
私は鈍感なエルヴァイラのせいでハルトが可哀想だとやきもきしつつ、今回もくっつかなくて良かったと胸を撫でおろしていたと思い出した。
そこで急に思い当たった。
心が通じ合わなかった期間が長かったからこそ、ハルトはエルヴァイラの命を守ろうと身を投げ出したのではないかしら?と。
私は奥歯をきゅっと噛みしめて、数秒だけ頭の中で数を数えた。
嫌いな子だけど、ハルトの為に、ね。
目の前でイチャイチャされたら、現実だからこそ心が砕けそうだけど!
「ローゼンバークさん。私の隣にお座りなさいな。あなたは私とお話がしたいのでしょう?」
「おい、ちょっと待てよ!」
笑っていたハルトは声をあげるや立ち上がり、自分が座っていた場所にエルヴァイラに座るように手で指し示した。
そうね、せっかくの機会だもの、一緒に座りたいわよね。
ハルトを好きなはずのエルヴァイラは小鳥のような軽やかな素振りでそこに腰を下ろす。
でもってハルトは、あれ?なぜか私の隣に腰を下ろした。
もちろん、自分が飲んでいたソーダ水を自分の手前に持ってくるのを忘れてはいない。
ついでに私の肩に腕まで回した。
何を考えているの?
あ、そうか、好きな子に焼餅やかせたいってあれね!
でも、死んだ時にはおばさんだった私の見て来た人生経験から、そんなことをする男は必ず振られていたわよ!とハルトに言いたかった。
だけど、男の人に、それも恋をした男性に肩を抱かれる、なんて生まれて初めての私は、心を鬼にした。
いや、最初からろくでもなく勝手にエルヴァイラを嫌っている心のままに、私は今日だけ生きる事に決めたのだ。
私はハルトに何も言わず、エルヴァイラにだけにっこりと微笑んだ。
「私にお話って何かしら?」
最初のコメントを投稿しよう!