受付での攻防

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受付での攻防

 エルヴァイラという私の天敵が座る受付に、私達三人は真っ直ぐに向かった。  すると、エルヴァイラは待ち構えていたようにして顔を上げ、受付の椅子から立ち上がったのである。  彼女の隣に座っているハルトも私達に流し目をしてきたが、何だろう、私は彼の視線と自分の目線がぶつかったそこで、これはハルトじゃ無いと、一瞬で確信できた。  でも、今までこそこそハルトの真似をしていた男が、どうしてこんなに堂々と人前に出ているのだろう?  私はハルトの不在に対し、胃の底が冷たい石を飲み込んだようになって体が硬く強張った。  それをエルヴァイラは勘違いしたようだ。  彼女は私に見るからに優越感に浸った笑みを見せつけ、私を追い払えると思った台詞をきっぱりと口にしたのである。 「あなたの入場は許可できません。お帰りなさいな」 「おーい。俺の姉ちゃんの親友に何てこと言うんだよ。部外者が駄目なんだったらさ、どうして俺の姉ちゃん入れた?うん?エルヴァイラ、お前が権力好きで権力持ったら翳したくなるのは分ったからさ、取りあえずまともな受付をしろ」  エルヴァイラはぎゅっと唇を噛みしめたが、彼女はダレンを無視することに決めたようで、私に向かって憎々し気な瞳を向けた。 「あなたはミュゼでしょう。わかっている。そしてあたしはあなたが憎くて言ってるんじゃないの。今日のパーティは学校最後となる上級生達のものよ。あなたが台無しにしていいものじゃない」  私は一度だって何かを台無しにしようと動いた事は無いわ!  そう怒鳴り返してやりたかったが、今日の私はマリー・アントワネットだ。  おフランスの女王様なのだ。  口元に手を当てて、おほほと高笑いしてやった。  まあ、エルヴァイラさんったら、意外性に弱い子なのね。  エルヴァイラは私の高笑いに対し、見るからにびくっと体を震わせたのだ。  私はそれで気をよくして、偉そうな仕草でエルヴァイラに向かって見下すようにして睨んでやった。 「小娘が威勢のいいこと。あなた、誰に向かってものをおっしゃっているの?わたくしに文句があるのなら、ジュリアーニャ音楽院にいらっしゃい。わたくしがそこにいるかはわかりませんけど!」  ダレンとニッケが大きく吹き出すのはわかっていたが、エルヴァイラの隣に座る偽ハルトまで椅子が倒れるほどに大きく笑い出すとは思わなかった。  いや、本当のハルトだったら笑っているし、ハルトの振りをしているからこそ笑ったのかもしれない。 「最高だ。最高ついでにゲームをしようか?」  ハルトの顔をした男は私にハルトの目で見返して来たが、彼の目はダークグリーンからアメジスト色の紫に変わった。  いや、すぐに緑色に戻したが、私はアメジストにも緑色のものがあったなあとぼんやりと考えただけだった。  だって私は考え無しのマリー・アントワネットなのよ? 「あなたのルールでこのわたくしが踊るわけ無いでしょう?大体、お名前も知らないあなたと!」 「ハハハ!本当に楽しい子だ。君こそお名前を教えてくれるかな。僕はショーン・アストルフォ」  自分の名前だと騙って見せた男は、にやっと私に笑いかけた。  エルヴァイラがニヤニヤしているという事は、私とダレンとニッケ以外の周囲は、これをハルトの戯れと取っているに違いない。  しかし、私は彼の嘯いた名乗りに対し、読み覚えがあった気がした。  いや、聞き覚えか?  私はハルトが死んでから続巻を読まなかったから、読んでいた友人が教えてくれたのではなかったか?  ハルトの死で軍人の道を歩む事を決心したダレンについた指導教官が、そう、確かにそんな名前だったはずなのだ。  と、いう事は、あれ、意味が分からない。  どうして軍人が軍人候補生に酷い事をするの? 「さあ、君の名は?」 「マリー・アントワネットよ。とある王国の王妃ですの。あなたがわたくしと踊るには、かなりの身分違いと思いません事?」  ハルトと同じダークグリーンになり切れなかった緑色の瞳は、ハルトよりも薄い色の瞳にあざけりの色を乗せた。 「踊るしかないよ。君の恋人はあと一時間も命がない。どこにいるのか見つけてあげて。一時間以内に見つけられたら、君達をこの会場に入れてあげよう」 「おい、お前!ハルトに何を!」 「うわお!ダレン!」  ダレンが急に体の動きを止め、受付の机の前に崩れ落ちたのだ。  胸を押さえている彼は、見る間に顔を真っ青に変えていく。  息が、出来ないの? 「うわあ、大変だ。外の暑さに当たったのかな。ダレン、ニッケ君達は会場の中だ。ほら、冷たいものを飲んで落ち着くといい」 「う、ぐっ。誰が、お前の指図、なん、かに」 「そうじゃ。わしらは!」 「いいえ!わたくし一人で充分です!それからあなた。彼をわたくしの恋人と認めてくださってありがとう。ええ、彼は私の恋人なの。さあ!エルヴァイラも聞いたでしょう?私が連れて来た男は、私だけの恋人なのよ!」  私は最後は大声を上げると、裾を持ち上げて走り出していた。  どこに行くつもりか自分でもわからないが、一時間以内にどこかに隠されているハルトを見つけなければハルトが死んでしまうのだ! 「ミュゼ!待て!わしらも!」 「ミュゼじゃないわ!わたくしはマリー・アントワネットよ!あなたこそ守るべき自分の騎士を守りなさいな!」 「お主は!」  背中に親友の笑い声を受けながら、私は取りあえず人込みから抜けるべく先へと駆け抜けていた。  どこだ?  人を隠すなら?  私だったらどこに隠す?  あの本では行方不明の人はどこに隠されていた?
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