潜んでいた魔女

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潜んでいた魔女

 水色のドレスの女は私に顔を向けたが、その顔は再び本来の年齢のものに変わっていた。  彼女が演出したい顔とは違うものだというのは一目でわかったが、彼女自身はその顔よりも数段劣るだろうが、若かりし頃は美しかったと想像できる造形だ。  そう、想像できるだけで、今や見る影もないのだ。  外見の魔法を解いて本来の姿に戻した彼女は、十代のスタイルの良い少女のドレスを着るために無理なダイエットを重ねた様な貧相な体で、そのダイエットのせいなのか目の下は窪んで弛み、口元も口角を上げているのに顎の皮がだぶついている、という状態なのである。 「あの馬鹿な女の子に息子の敵を討たせようとしていたのに、お前が次々に邪魔ばかりする。息子を自殺に追いやった奴ら全員を殺してやるのに!」 「息子って?誰が自殺したというのよ!」 「私の大事な息子は、アーサーは、セリアに会いにこの町に来た翌日に、自宅で首を括って死んだんだよ!許さない!母親だったら何があったか調べてやるって思うだろう?息子を殺した奴らに仕返ししてやろうと思うだろう?」 「そ、そんなの!は、ハルトこそ関係ないでしょう!」  セリアの恋人、アーサーの母だと名乗った女は、ドレスのスカート部を広げて見せると、ふふんという風にドレスを見せびらかすように体を捩じって見せた。 「このドレスはロランがセリアに贈ったものだと、あの頭が空っぽなエルヴァイラが言っていた。あの男は私の息子の恋人を奪ったんだよ。だから、セリア一筋のあの子は自殺したんだ!セリアの目が失明して、アーサーと一緒に飛び込みが出来なくとも、あの子はセリアを愛していたというのに!」  私はぞっとしていた。  小説でハルトが死んだ日の、エルヴァイラがベッドの下で見つける最後の手紙の文言を思い出していたからだ。 ――君は僕を見つけられない。  けれど、僕はいつまでも君を見つめている。  あれは、あれこそが、アーサーがセリアに贈った大事な手紙だったのね。  あの手紙が盗まれたばかりに、セリアが化け物化してしまったのか?  いいえ、封を切られていない手紙は、彼女に届いていなかった?  全て不幸や小さな悪意が重なった故の惨劇では無かったのか? 「ハルトに咎は無いじゃないの!あなたにハルトを殺させない!」 「お前に何ができるのさ。お前こそあのロランを呼び出す生贄だ。さああ、魔女だ、生贄だ。魔女は火あぶりだ!」 「きゃあ!」  アーサーの母親の叫び声を合図に、私は横から伸びて来た手に掴まれた。  私を掴んだ男の両目はぐるぐるぐると紺色の渦が回っている。  視線もままならないその男は、ゾンビのように首をかくっと横に曲げると、私を無理矢理に引っ張り上げて立たせた。 「まじょはあ、火あぶりだ」 「いいやあ!嘘吐き魔女は水責めって決まっている。そうよ、魔女は水に沈めるものじゃないか!」  アーサーの母親は、しゃがれた声で再びの大声をあげた。  すると彼女の叫びに大衆は呼応し、私を処刑場に引きずり出したのである。  私がこの間殺されかけ、そして、警備員だけでなくセリアこそが死んでいたという、あの飛び込みプールへと。  両腕を後ろにひねり上げられた私は罪人みたいにして、私を殺す予定のプール場、何度も酷い目に遭ってきたあの飛び込みプールへと、嫌でも運ばれていくしかなかった。  大勢、総勢で二十人ぐらいなのだろうが、その先頭に立った水色のドレスは、水責めだ水責めだと歌うようにして口ずさんでいる。 「誰か!気が付いて!自分を取り戻して!しっかり気を持たないと!あなた方こそが人殺しになるのよ!悪意が無くたって、一生心に罪を背負うのよ!」  先頭の女、再びセリアの外見を身にまとった女は、私に振り向いて十代の少女が絶対に出来ないだろう嫌らしい笑み、女の本気でドロドロした汚い部分から生まれるだろう笑みを、私にまざまざと見せつけた。 「お前を殺すのはこのセリアだ。それに、お前は死なないよ。お前の外見は可愛いねぇ。あのハンサムな男と首都に行くんだろう?私が行ってやるさあ」  セリアの化け物は、ホルマリン漬けの標本みたいにして、色を失っていた。  その彼女の美しさの色を奪い取ったのは、目の前の女? 「もしかして、セリアを殺したのはあなた?」 「それを知ってどうする?お前はもうお終いだろう?」  確かに、私はお終いかもしれない。  私を出迎えたのは、水を湛えたいつものプールじゃ無かったが、それよりももっと恐ろしい処刑装置としてプールの底が私を待っていたのだ。  いつもの飛び込みプールは水が完全に抜かれていたが、プールの底には重しを付けた椅子が固定されていて、その椅子のひじ掛けや脚には拘束具のベルトだってつけられているのである。 「私をあれに座らせて水を流すのね」 「魔女は水責めだ。セリアもあそこに座ったんだよ。座らせて、給水のバルブを開いてあげたんだ。アーサーとずっと飛び込みジャンプがしたかったなんて泣き叫んでいたよ!アーサーを殺したのはお前だろうにって!」 「それは違うわ!違うはずよ!セリアは化け物になってもアーサーの手紙を探していた。彼女がアーサーが大好きだったのは間違いないわ!」 「あいつがアーサーを殺したのも間違いが無いんだ!」 「きゃあ!」  アーサーの母は私をプールの底へと突き落とした。  飛び込み台のあるプールなんて、最低でも五メートルは深さがあるものだ。  真っ逆さまに落ちる私には、別の場所で落ちる映像が見えていた。  この学校では無い、違う場所の、飛び込み台のある競技用プール。  セリアを突き落としたのは、彼女が友人だと思っていた少女。  吃驚して振り返ったセリアの目に映った少女の目には、紺色の渦がグルグルと回っているじゃないか。 「私の目はその事故で真っ暗になったから、魔法特待生になるしか無かったの。でも、入学したら少しだけ光が戻った。そこで思ったの」 「ああ、僕もそれを聞いて考えたんだよ。魔法の力がある君達は、政府の意向に逆らったら消される存在なんだってね」  もう一つの映像が私の頭の中で展開した。  アーサーの首に紐をかけて引っ張る女性の姿。  アーサーが最期に見た母親の両目は、紺色の渦巻きがグルグルと回っていた。 「なんて、こと!」
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