40人が本棚に入れています
本棚に追加
/195ページ
物語は横道に逸れてはいけない
裏方仕事って大変ね。
でも、ハルトの我儘に付き合うのも恋人なんだから仕方ないわよね。
あはは。
あたしったら勘違い。
ハルトは最初からわかっていたのよ。
自分の偽物が学園にいたって。
それであの自殺女が関わっていることも知っていたから、その探りの為にあいつをちやほやしていたんだわ。
恋人を信じてあげないなんて、なんてあたしって浅はかだったの。
ハルトはあたし、そう、エルヴァイラこそを愛する人なのよ。
あたしはエルヴァイラ。
エルヴァイラなんだから、あたしこそハルトに愛されるのよ。
「お笑いよね。偽物のロラン君に夢中だったあの勘違い女!!」
「ねえ。何がロラン君と付き合っている、だ」
ふふ。
廊下を歩く子達が、さっそくあいつへの悪口を囁いている。
これじゃあ恥ずかしくって、ますます学校に通えないわね。
明日からあの勘違い女に優しくしてあげなきゃかしら。
アハハ、あたしって本当に優しい子だわ。
「でもさ、あの大怪我どうしたのかな?あのロラン君化けていた人は、お陰で連続殺人犯を捕まえられたなんて言ってたけど」
「それね。いたの?連続殺人犯って」
「あの警備員と、あと、特待生の何人かが死んだって聞いたよ」
「うそ。やばくない?」
「でも、もう大丈夫でしょ?犯人が捕まったって、あの人が」
「ねえ。その犯人って、もしかして、エルヴァイラ?」
「そっか。それで会場から追い出したのね」
「そうそう。会場の外に出たところでお縄って奴。あはは。笑えるね。あのミュゼって子を馬鹿にしていた自分が逮捕されちゃった、なんて!!」
「そんなはずはないわ!!」
あたしは怒り心頭だ。
否定の叫びをあげながら、自分がいた小部屋の扉を開けて廊下に出る。
すると、そこにはドレス姿の一般学生が三人いた。
あたしと同じダンパ役員の腕章を付けた女達だが、彼女達はあたしの姿を見るやぴたっと口をつぐんだだけでなく、全員が驚き顔をあたしに向けてきた。
全く、小者共が!!
「あたしが逮捕?誰がそんな嘘を?」
あたしが一歩前に出ると、ハルトに一生懸命媚を売っていた一般学生の茶髪が、偉そうな顔して一歩前に出た。
「あなたが嘘ばかりだからそう思っただけよ」
「あたしは嘘なんか言わないわ」
茶髪はせせら笑った。
そうね、ハルトの愛があたしにばかりだから、こいつはあたしが羨ましくて憎い相手になっているのね。
可哀想な人。
「ロラン君はあなたと付き合ったことなんか一度も無いって言ってた。それに、大好きなのはミュゼって子だってみんなに宣言したわよ」
「まだ言っているの?そのロランこそ偽物なのよ」
女達はいっせいに吹き出した。
「何を笑うの?ハルトはエルヴァイラを愛するのよ!!」
「何よそれ。やばい。あなたのそれやばいって」
「よく知らないから騙されたけど、知れば知るほど、エルヴァイラは無いってわかるわね。勘違い女に纏わりつかれてロラン君て可哀想」
「ほんとそれ。ミュゼはこの町で有名なセンダン一族の子だもの。悪い子のはず無いのよ。ジュールズさんなんかすごく素敵だものね。付き合うならあっちって、誰もが思うわ。それであなたは可哀想ね。でも仕方が無いわ。あんなにそっくりに化けちゃうんだもの」
「ねえ。化けているのが勿体無かったわよね。紫色のすっごく素敵な大人の人だった。ああ。ふわって上着をかける仕草が恰好良かった」
「緑色のスーツはあんまり似合って無かったけどね」
「確かに!!変装を解きたくなかった意味わかったって感じ」
あたしの目の前で起きるはずない事が起きていた。
これはエルヴァイラに起きるはずのない事だ。
あたしと一緒にいた緑色のスーツのハルトが偽物で、あのボロボロ姿だったハルトの偽物こそが本物だった?
それで、それで!!
「でも、ロラン君がやっぱり素敵だった」
「わかる。あの心配すぎて苦しそうな顔にきゅんとしたよね」
「うん。私もあんな風に抱っこされたいわ」
「嘘はいい加減にして!!」
あたしは悪意ばかりの女達に叫んでいた。
彼女達は嘘つきに惑わされている!!
ほら!!
ぴたりと噂話を止めた彼女達が私を見返しているじゃないの。
「うそ、だった」
「うそなの?」
「うそうそ?」
ほら、あたしという真実の喝で、彼女達は正気を取り戻した。
そうよ、全部、嘘、なのよ。
「そうよ。嘘なの。ぜんぶ、あのミュゼ・ライトが作った嘘なの。あいつは、そうよ、学園の魔女よ。ええ、ロランを殺す魔女なんだわ」
「それはいけない」
「魔女をなんとかしないと」
「魔女は火あぶりに!!」
あたしは正気を取り戻した彼女達に微笑むと、自分でやるべきことをしなければと駆け出していた。
魔女を倒す。
この世界はエルヴァイラが主役であり、誰もに愛されるのはエルヴァイラで無ければいけないのだ。
そう、私はエルヴァイラ。
私こそエルヴァイラ。
エルヴァイラは、あたし、なの。
エルヴァイラであるあたしは、エルヴァイラとして生きて、エルヴァイラを愛するハルトに愛されなくちゃいけないの。
だって彼は九月には死んじゃうんだもの!!
命短し、だからこそあたしたちは思い出を沢山作らなきゃなのよ。
それなのに、あの女が邪魔をする。
そうね、エルヴァイラの物語を台無しにするあれは、そう、エルヴァイラに立ちはだかる魔女なのよ。
あいつに天罰を与えねば。
しかしあたしは遅すぎた。
あたしが会場を飛び出した頃には、あの魔女を乗せた救急車は救急病院へと一直線に向かっていた。
あいつを乗せた救急車は、いまや、灰色のリボンの上を走る小さなテントウムシにしか見えない。
虫けら!!
そうよ、あいつなんか小さな虫けらよ。
あたしは神に祈るようにして、両手を組んだ。
エルヴァイラはサイコキネシス持ち、そうでしょう?
「いけええええええええ!!」
あたしの叫び声に呼応するように救急車は宙に浮き、そのまま地面に激突した。
ぐしゃんと小さな音を立てて潰れた小さなテントウムシだったが、潰れた時の衝撃はあたしが立つ地面を少しだけ揺らがせた。
勝った、あたしはあいつに勝った!!
「あたしはエルヴァイラ。正義の執行者。魔物を倒し、人々を幸せに導く使命を持ったエルヴァイラなのよ」
最初のコメントを投稿しよう!