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私はあなたを死なせやしない
右手首と右膝の私の骨は、かなりぐしゃぐしゃになっていた。
よって私は、全治一か月の重傷である。
入院した翌日、軍部の偉い魔法療養士が直々に来て、私にヒールを施そうとしてくれたが、私はそれを丁重に断った。
両親は勿論母方のセンダン一族も、今すぐに私を隣町か首都のどこかに避難させたい気持ちであり、軍部の治療の申し出には一も二もなく受けいれようとした。
だが、私はあと一か月もこの町に残れるならばと、ヒールを断った。
母は私の恋心を受け入れて笑って許してくれたが、父は私の体の方が大事だと言ってハルトに関して怒り狂ってしまった。
でも、もう一つのヒールを断った理由など、絶対に言えはしないだろう。
軍部こそが怖いって。
それはなぜか?
私が乗せられた最初の救急車は横転し、私は二台目の救急車で搬送されるという、前代未聞の救急患者だったのだ。
付き添いで救急車に乗っていたハルトは、その横転事故で肋骨骨折の重傷を負ったのである。
私は思った。
ダンパの日にハルトは殺されかけたのよ。
そしてこの事故。
彼らはまだハルトを狙っている、と。
ついでハルトは、私と同じことを考えたばかりか、私が彼のせいでこんな状態になったと思っている。
思っているだけでなく私にすまない気持ちで一杯、そんな感じ。
私こそ、ハルトと一か月は病院に缶詰だわと、ウキウキしている部分が大きいろくでなしなんだけど。
それは言っちゃいけないわよね。
でも、言っちゃえ。
ハルトがしゅんって萎んでいるんだもの!!
ハルトは隙があれば自分の病室を抜け出して、私のベッドの枕元に置いてあるパイプ椅子に座ってくれるのだ。
彼だって体が痛くて辛いのに。
そんなハルトがしゅんってしちゃっているのよ!!
「ごめんなさい。実は私はウキウキです。大好きな人と一緒に入院生活って、特別感あって素敵じゃないの!!」
「ばか」
私の怪我をしていない左手をぎゅっと握っていたハルトは、私の言葉を聞くや、嬉しそうに微笑んでくれた。
だけど、彼の笑顔はすぐに歪む。
ああ、黒ずんだ左目、ジュールズに殴られて眼底骨折した目に笑顔が響いたのね。
「ああ、笑わなくていい。あなたこそ痛いでしょうに」
「大丈夫だって。ハハハ、小煩く心配してくれるのは嬉しいけどね」
「小煩いって」
「ハハハ、怒りんぼ。俺は君のその百面相が好きだ。君が馬鹿な事ばっかり言ってくれるから俺は君が好きだ。君のお陰でいつも気持ちが楽になる」
「そう言ってくれて、あ、ありがとう」
「ほんとだよ。俺は情けなくも脅えているんだ。俺も君以上に軍部が怖い。何も悪くない同級生の不幸を知ったらね、怖いどころじゃないよ」
ダレンが私達の一歳年上だって、ハルトが教えてくれたのだ。
ダレンは特待生の招致を蹴ってジュリアーニャ音楽院に進み、そこで暴漢に姉のダニエル共々襲われて音楽家になる夢を頓挫させられたのだという事だ。
セリアとアーサーの悲恋物語も、セリアが特待生の招致を蹴ったからこそ起きたのである。
そこでもっと怖いのが、セリアの恋人アーサーが、軍部が特待生達を殺そうとしている真実に気が付いていた、という点。
だってアーサーは、紺色の呪いで操られた母親に殺されたのよ。
真実を知って動いた者も殺されるのだ。
だから私も殺されかけた?
私の体がぞくっと体が震える。
「痛みが?看護師を呼ぼうか?」
私の震えをハルトは誤解したようである。
私は元気な左手をハルトの手から剥がすと、自分の掛け布団を持ち上げた。
恐怖が私を後押ししたのだ。
死んで後悔する前に行動しよう!!と。
「寒いみたい。あなたは椅子だと辛くない?肋骨も骨折しているのでしょう?」
ハルトは豆鉄砲を喰らった鳩みたいな顔を私に数秒見せたあと、ぷっと大きく吹き出した。
「なんだか、ミュゼは時々実家のお母さんみたいな振る舞いをするね」
「もう!でも、痛み止めが欲しいなって、あの。ハルトが隣に入ってくれた日は、すごく、ええと、落ち着いたから」
あの日、私が目覚めたのは真夜中だった。
すでに面会時間も終わっていたので両親は病室におらず、私は見なれない病室に一人ぼっちだったのだ。
だから脅えた。
私は救急車の横転時に一瞬だけ意識が戻り、ぐしゃぐしゃになった車内という状況を目にしていたのだ。
大怪我していた私がさらに痛い思いをしていなかったのは、ハルトが私を抱き締めて庇っていたからだ。
私の意識はすぐに消えたけれど、意識を失っているハルトの顔は見ていた。
覚えていた。
だから、私はハルトを求めて叫んだのだ。
そんな私を宥めるために現われたのが、ハルトだった。
看護師が私とハルトを二人きりにしてくれたのは、ベッドの上で暴れていた私がピタリと動きを納め、そして私達二人が何かが出来る状態ではないと判断できる大怪我人だったからであろう。
実際に何もできないが、何もできない満身創痍の彼だからこそ、看護師たちが消えるや私のベッドに潜り込んでくれた。
男の人に添い寝される。
腕枕という生まれて初めてのシチェーション。
ええ、腕枕がそんなに寝心地の良いものじゃ無いと分かったのは残念なことかもしれないが、大好きな男性の体が横にあるのがこんなにも安心感や幸せを生むものなのだと私は初めて知ったのだ。
もう一回を望んでしまうのは仕方ない、わよね。
そこで私は今、ハルトをベッドの中へと誘っているのである。
しかしハルトは顔が痛いのか、はあと大きく溜息をついて顔を両手で覆っただけで椅子から動きはしない。
「ごめんなさい。自分の事ばかりね。キスしたいとか、あなたを抱きしめたいとか、そんな事ばっかり考える私こそふしだらね」
ぐほっ。
ハルトは急に咽始め、椅子の上で二つ折りになってしまった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないから、そこで休む」
私のベッドの左側が大きく軋み、私の横にハルトの大きな体が滑り込んで来た。
ハルトは当たり前のようにして右腕を私に差し出し、私は彼の右腕に当り前のようにして頭を乗せた。
「ああ、幸せ」
「キスしていないからまだ幸せ言うの中止」
私達は笑い合う。
そして入院してから数えきれないぐらいしたキスの回数を再び増やした。
「絶対に君を守る」
「私だってあなたを守る」
エルヴァイラ視点だった小説でハルトが死んでしまうのが、軍部などの裏事情をエルヴァイラが浅はかで気付かなかっただけではないだろうか。
あるいは、エルヴァイラこそ手先になっているとしたら?
では小説から外れてしまえば、ハルトは死なないで済むかもしれない?
ならば、絶対に守って見せる。
愛しきってみせる。
小説に登場できないモブだろうが、やってやろうじゃないか。
彼は私の最愛の人なのだから!!
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