あ、私ったらモブなのに

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あ、私ったらモブなのに

 学校に行くのが待ち遠しくて堪らない。  学校よ!  詰まんない所だったんじゃないの?  ああ!土曜日はとても楽しかった。  化け物退治を炎天下でするはずが、何時間も涼しい喫茶店で馬鹿話をして笑い転げる日となった。  ハルトは実家の家族や友人達のことを面白おかしく語ってくれた。 「ミュゼは?」 「実家はここだし、友人は、ええと、その」  高校時代の前世時代では美術部文芸部と文科系ばかりだが、そこには友人達はいたし、大学時代だってサークル仲間はいて遊んだ、が、今世のミュゼにはお友達と呼べる人間がいない。 「あら、困った。休みの日は気が付けば家業の手伝いばっかりだったから、私、お友達と遊びに出掛けた事が無かったじゃないの!」  そこでもハルトは大笑いだ。  俺が初めての人か!と。  なんだかちょっとエッチに聞こえて、私は彼の肩を叩いていたと思い出した。  それから、ああ!男の人と手を繋いで、夕方の海を歩くなんて!  だがこれは夢のまま終わった。  私達が手を繋いで浜辺を歩いたのは実際に起きた事だが、方角的に朝日は見えても夕日は落ちない海岸である。  気が付けばどっぷりと日が落ちていて、ハルトはそれでも私を家に送り届けてくれたのだ。  寮の門限は厳しいというのに。  そしてやっぱり、私を送り届けたあとに寮に駆け戻ったらしいのだが、間に合うことなく門限破りとなってしまったそうなのだ。  可哀想なハルト。  六時が門限って、小学生だって守るには辛いと思うわ。  門限のペナルティは自室での監禁らしい。  どうして知っているのかと言うのは、土曜日のお礼と謝罪を兼ねてハルトを訪ねたが、寮の受付でそのような事を言われて追い返されただけで終わったからだ。  けれど、今日は学校。  休み時間にならばハルトに会える、はず。  私は意気揚々と学校に行き、学校の個人用ロッカーが並ぶ廊下に一歩足を踏み入れて、自分の世界が変わっていた事を知った。  お前なんか死んでしまえ。  私の個人用ロッカーの扉はひしゃげさせられた上に、スプレーでそんな言葉がでかでかと書き殴られていた。  また、ひしゃげた扉でロッカーを開ける事が出来なくなっていたが、中からは腐った何かの臭いが漂い、変な汁だってぽたぽたと落ちている。  教室内が日本の学校と違って大学の講堂みたいな机席だ。  そこで個人用机に攻撃が出来ないからここに来たかと、私は物凄く感心していた。  小説の中のエルヴァイラに同情するぐらい。  小説の中でエルヴァイラも同じ目に遭っているのだが、ロッカーにされた嫌がらせはさらっと書かれていただけだった。  だから私は作中の彼女に同情するどころか、エルヴァイラが私物を別のところに片付けるという、その理由付けの為のフラグぐらいに思った程度だったのだ。  エルヴァイラの視点だけの小説だからわからなかったけれど、彼女は辛いとか悲しいを口にしない我慢強い子なのかしら。  主人公だけあったのね。  でも一般人の私は、物凄くがっかりしている。  まだ辛くは無いけれど、こんな目に遭うのはとても悲しいわ。 「どうしよっかな」 「何だよ!これは!」  私は聞き覚えがありすぎる大好きな声に振り向いた。  ハルトだ。  私は自分に押し寄せていた悲しさよりも、彼に会えたこと、それも彼が怒ってくれた事が嬉しくて、……嬉しいばかりになっちゃった。 「おはよう!日曜日はお勤めご苦労様でした!」  私が敬礼して見せると、ハルトは怒っている癖に律義に敬礼し返してきて、ついでに冗談にも乗ってくれた。 「お陰様で娑婆に出て来れました。差し入れ、ありがとうございます!」 「あ、それはちゃんと届いていたんだ。良かった」 「いや、ちょっと待てよ。お前は本気で俺が刑務所にいると思っているのか?ちゃんと届くよ!届くまでに半分ぐらい中身が消える事になったけどね!」  私はそれは残念と笑った。 「大き目の菓子缶だったのに、半分も!」 「ああ、フォークナーは強面のくせに甘党なんだよ」 「まああ」  小説でも親友になる二人だが、土曜まではフォークナーのフの字も無かったと見返せば、ハルトは口元を歪めて見せた。 「あいつが缶を持ってきてくれたんだよ。御礼として半分やった」 「まああ」  我が家はチョコレート屋だ。  どうして漁師町でチョコレート屋を開きたくなったのか分からないが、独身だったよそ者の父はこの町で商売を始め、網元の娘と結婚して、以来この土地では大事に大事にされている、というチョコレート屋だ。  あ、妻が町の有力者の娘だったら、店が潰れる事は無いじゃないか!  今気が付いた、実の父親の功名さ! 「誘拐された意識よ、戻ってこい。で、これはどうするつもりだ?」 「え、ああ。下のロッカーの人も困るだろうし、ちょっと片付けるわ。で、お願いがあるんだけど。扉が私の力では」 「ああ、そうだな。だけどね、そのロッカーはそのままにしときな。君が片したらこんなことをした人間こそつけあがるし、学校の問題にならない。片付けその他は学校の職員に丸投げした方が良いよ」 「え、でも、荷物が」  私の肩から鞄の重さが消えた。  ハルトが私の鞄を取り上げたのだ。 「ほら、俺のロッカーに案内するよ。そこに入れちゃえ。教科書や何かで足りないのも言って、というか、中の勝手に使っていいよ」  まあああ!  エルヴァイラが小説で受けていたはずの恩恵じゃないの!  主人公だからとか関係ない。  大好きな彼にこんなんしてもらったら、悲しいも辛いも吹き飛ぶはずよ!!
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